上村元のひとりごと その50:カレーライス
こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。
カレーが食べたい。
唐突に、思い立ちました。
コンビニのではない。レトルトのでもない。ハウスバーモントカレー、甘口、が食べたい。
小さい頃から、辛いものが苦手で、給食のカレーライスですら、舌がひりひりして、牛乳でどうにか流し込んでいました。
なぜか我が家では、滅多にカレーライスを作らず、ごくたまに、一年に数回、出てくるものは、薬剤師である母が、薬と同じ調子で調合したスパイスがふんだんに使われた、本格派。とても子供向け、甘党向けではなかった。
大学生になり、一人暮らしを始めて間もない頃、やはり、カレーライスが食べたい、となって、ごく普通の、ありきたりな固形ルーの、しかも、絶対に辛くないものを、との一心で、近所のスーパーに駆け込み、さほど豊富でない品揃えの中から厳選吟味したのが、ハウス食品のバーモントカレーでした。
その時は、作り方もわからず、今よりはインターネットに頼ってもおらず、箱の裏面に記載されたレシピ通りに拵えようと思って、分量を見て、十二皿分、と書かれてあるのに、度肝を抜かれたものです。
十二皿。
僕が一人で食べるには、十二回、つまり、三食を、四回。四日間毎食、カレー、カレー、カレー、カレー? それは、いくら何でも、つらい。
かと言って、一緒に食べよう、と誘う友達もなく、どうしたらいいんだ、と頭を抱え、やがて、気がつきました。一箱分が、十二皿なのだ。
一気に使い切らなくてもいいんだ、と明るくなって、ルーを握り、にんじん、玉ねぎ、じゃが芋、豚肉のこま切れをかごに入れ、家に持ち帰って、悪戦苦闘、どうにか仕上げたカレーライスは、それはそれは、美味しかった。
僕好みだった、と言っていいかもしれない。以来、カレーライスと言えば、僕のなかでは、ハウスバーモントカレー、甘口、であり、それ以外は、取材先でご馳走になる、各店こだわりのカレーでした。
だんだん舌が慣れたのか、スパイシーなカレーも、それなりに食べられるようになってきて、わざわざ家で作りたいとは思わなくなり、前回、バーモントカレーを食べたのは、何年前になるか。もしかしたら、十年くらいは経つかもしれない。
目が肥える、耳が肥える、舌が肥える。いったん肥えてしまうと、レベルを下げるのはひどく難しい、というのが定説で、僕のカレーライス評価も、この間、大きく変わっている可能性がある。料理も全くしなくなってしまって、包丁も、錆びる一方。最近は、豆腐とワカメを、それも、無理矢理叩き切っているくらいなので、とても野菜には刃が立たないだろう。
よし、包丁を買おう。
新しい包丁で、カレーライスを作るのだ。
決意して、財布と鍵を持って、部屋を出ました。
しかし、いきなり包丁を買ってしまうと、間違いなく、不審者と断じられる。カレーライスを作るんです、と、胸を張って言えるよう、先に、一階の食品売り場に行ってから、二階で包丁を選ぼう。スーパーの入り口で一人うなずき、バーモントカレーの箱、野菜たち、豚こまをお供に、包丁売り場へ出向きました。
このご時世です。実物の刃物は、一本もありません。ただ、値段と、メーカー、サイズを印刷したカードが、ぶら下がっているだけ。どれを選んだらいいか、わからない。
最低価格の、文化包丁にするか。それとも、気合いを入れて、最高級の国産品にしようか。いやいや、ここは、間を取って、どちらでもない、何とも言えないゾーンを攻めるか。
でも、と、視線が、棚の下の方へ向かいます。包丁研ぎ。こっちだ。
手のひらサイズのシャープナーを買って、家に帰り、丁寧に、何度も包丁を滑らせました。
別物のように切れ味鋭くなった包丁は、上機嫌で、野菜をさくさくカッティングしてくれます。僕も上機嫌で、玉ねぎを飴色にし、にんじんとじゃが芋を湯にくつろがせ、豚こまを香ばしく炒め、ルーを二皿分、今夜の分と、明日の分、投入して煮込みます。もちろん、炊きたてご飯も忘れずに。
スプーンヘッドは、ミッフィーです。オレンジ色のワンピースを着たミッフィーが、バンザイ、の形に、短い両手を上げています。やったね、美味しいカレーが食べられるよ、と、喜んでいるみたいに。
実は、子供の頃から使っていて、実家から大事に持ってきました。親が買ったのか、頂き物か。中年男子が使うには、ちょっと恥ずかしいけれど、一人だから、いいでしょう。
いただきます。
じいちゃんのラジオに捧げてから、ミッフィーと一緒に、ハウスバーモントカレー、甘口、を味わいました。評価なんか、どうでもいい。うまい。それだけ。
幸せは、すぐそこにあります。平凡な感想ですが、本当に、そう思います。そのことを、決して忘れない自分でいたいです。それでは、また。
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