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上村元のひとりごと その60:財布

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 元の勤め先から、健康保険に関する連絡があり、保険証を引っ張り出したついでに、財布の整理をすることにしました。

 一人暮らしを始める時、母が贈ってくれた、黒革の、二つ折り財布です。ぱんぱんにふくらんで、積みすぎた菱餅のようになっています。

 数枚の紙幣と、小銭以外は、ほとんど、カード。ため息をついて、一つ一つ、えり分けます。つるんぺ、ぷるんぺ、と、ミントが熱心に顔を洗っています。

 運転免許証。これは、去年のちょうど今頃、更新したばかり。あと四年は保ちます。何より大事な、身分証明書です。

 件の、保険証。これは、明日、区役所に行って、国民健康保険に加入し直さなければならない。

 会社ごとつぶれてしまったので、通常であれば、二年は延長できる社会保険が効かず、まだライターとしての個人的な実績もないため、文芸や美術の仕事に就いているフリーランス向けの保険も対象外で、つまり、これからしばらく、僕は、日本という国家に、身柄を預けることになる。

 単純に計算して、これまでの倍になる保険料と、変わらない家賃、家にいるようになった分、増えている光熱費、インターネットの回線料、電話代。

 どれも、口座引き落としになっていて、支払った、という実感は薄いけれど、通帳を見れば、一目瞭然。定期的な収入がないのに、定期的な支出はあるという、解けない矛盾。仕方がない。受け入れるしかない。

 銀行のキャッシュカードに、デビットカードが付属して、さらに、VISAカードでもあるという、お得なのか、危険なのかわからないものを、数年前、成り行きで作っていて、キャッシュカード機能の他は、まるで使っていなかったけれど、これからは、ちゃんと調べて、活用していこう。クレジットカードを、作れそうもない身分になってしまったから。

 運転免許証、保険証、キャッシュカード。これが、三種の神器。

 つるんぺ、ぷるんぺ。ミントは、鼻ばかりこすっています。かゆいのでしょうか。それとも、ミントにとって、鼻というのは、何より大事な器官なのでしょうか。

 さあ、その他、山となっているこのカードたちは、何なのか。

 まずは、Suica。ぼろぼろです。ペンギンも毛が禿げて、すっかり高齢者です。なぜか、PASMOもある。こちらは、まあまあきれい。毎日電車に乗ることもなくなったので、とりあえず、財布に入れておく必要はない。

 nanacoカード。これは、使います。イトーヨーカドーと、セブンイレブンが好きなのです。しょっちゅう使っているのに、これは、そんなにぼろぼろではない。愛があると、物は、保ちがいいのかもしれない。

 Tポイントカード、Pontaカード(CDを買う用)、テレホンカード、図書カード、総合病院の診察券、耳鼻科の診察券(花粉症のため)、区立図書館の利用券、ドラッグストアのスタンプポイント、カード、カード、カード、カード。

 全部に目を通し終わり、ぐったりして、炬燵の上にうつ伏しました。つるんぺ、ぷるんぺ。洗顔はまだ、続いている。

 年会費のかかるものがなさそうなのが、救いでした。どのカードも、使わなければ、有効期限が切れて、自然に天に召される。その時を待つことにして、うっかり作ってごめんなさい、と、手を合わせて詫び、まとめてビニール袋に詰め、クローゼットの、バッグの中で休ませることにしました。

 三種の神器に加えて、nanacoカード、Pontaカード、総合病院の診察券、耳鼻科の診察券が、四天王。これだけ。

 母の財布が、何だか、ほっとしたように見えます。放っておくと、すぐ太る息子を、ずっと心配していたのか。

 ミントを見習って、クリーナークロスで、せっせと財布を磨きます。高級なものを奮発してくれたらしく、多少傷はついても、みっともなくはない。むしろ、使い込まれて、味がある、と見えるくらい。

 お母さん、ありがとう。これからは、詰め過ぎに注意します。身体にも、財布にも。元気に、つましく、生きていきます。

 紙幣は、札入れに。硬貨は、小銭入れに。カードは、カードスリットに。あるべきものが、あるべきところに。

 つるんぺ、ぷるんぺ、が完了して、ミントは満足そうに、椅子の上、ぽたぽたとしっぽを振っています。僕も何だか満足して、パソコンデスクの上、じいちゃんのラジオの前に、お供えのように財布を寝かせます。

 インクが詰まって、捺しづらくなっていた印鑑も、今のうちに、きれいに磨いておきましょう。物にとっても、人にとっても、使いやすいのが何よりです。それでは、また。

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