上村元のひとりごと その419:手間
こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。
エコバッグに、穴が空きました。
確か、まだ、一年使っていないような。
ため息をついて、空いた穴から、人差し指を出して、くいっ。
折り曲げて、遊びます。
ふんふん。
すんすん。
変な動くものが大好きなミントが、しきりに、指先を嗅いできます。
昔から、僕と、カバンは、相性が悪い。
いつまでも使いづらいか、すぐ壊れてしまうか、どちらかで、心の底から、愛し合った記憶がない。
なぜ?
これまでは、単に、そういうものだと思ってきましたが、ここは、ひとつ、本腰を入れて、考えよう。
あぐあぐ。
かじかじ。
いててて。
穴から出た指に、ミントが、かじりつきます。
カバンは、重い。
それが、成長過程で僕に刷り込まれた、思い込み。
ランドセル、スクールバッグ、通勤ショルダー。
どれも、カバンそのものが、重かった。
そして、硬い。
角が、当たって痛い。
とはいえ、僕も、一応、男子。
重いだとか、痛いだとか、弱音を吐いているようでは、厳しい競争社会を、生き残ることはできない。
成人するまでは、どうにか耐えて、新入社員になっても、なんとかごまかして、さて、いざ、好きなカバンを選べるぞ。
三十歳の誕生日に、そう意気込んで、とある有名ブランドのバッグを、一生使うつもりで、購入しました。
結果は、どうだったか。
三十八歳の今、ここに、そのバッグはありません。
それどころではない。
穴の空いた、数百円のエコバッグと同様、一年と保たなかった。
もちろん、立派な品で、壊れたわけではない。
重すぎたのです。
謎の肩凝り、めまい、腰痛に悩まされ、もしやと思って、手放したところ、数日で、快癒。
あれこそが、身の丈に合わない、という概念の体現でした。
それ以来、なんだか、トラウマになって、カバンを買う時は、とにかく、安い、軽い、を条件にするようにしていたところ。
今度は、長持ちしない問題が、発生した。
現在、クローゼットに眠る、最後の仕事用バッグにも、実は、ひび割れ、裂け目が、随所に生じている。
そもそも、不安がちなタイプで、忘れ物をするのが嫌で、何でもかんでも、バッグに入れっぱなしにしておけば大丈夫、と思っているふしがあり、丈夫でない布地は、常に、ぱんぱんだった。
買い物の際にも、不安癖が発動して、そろそろ、洗剤が切れそうだ。
まだあるけれど、安いし、買っておくか。
などと、つい、余計なものを増やして、エコバッグ、ぱつんぱつん。
結果、一年経たずに、穴が空く。
はぐはぐ。
がじがじ。
いててて。
僕が痛がるので、面白がって、わざと、強めに噛んでくる、いたずらな愛猫と格闘しつつ、ため息をついて、よれよれのバッグを眺めます。
愛がない。
感想は、それだけ。
心底、気に入られて、大事に使われたカバンは、よれよれになっても、どことなく、きれい。
僕のは、ただの、ビニール。
リサイクルにも、出しづらい。
心を入れ替えて、次からは、大事に使いましょう。
あるいは、とても気に入ったものを、買いましょう。
…違うな。
問題は、カバンそのものではない。
不安癖だ。
もっと言うと、惜しむ心だ。
何を?
手間を。
自分で使い込む手間を惜しんで、既に完成されたブランド品を求める。
丈夫な素材を吟味する手間を惜しんで、目についた、最安値のエコバッグで済ませる。
足りなくなった時に買いに走る手間を惜しんで、あらかじめ、余分に蓄える。
ケチのツケが、カバンに回るのだ。
ごめんよ、エコバッグ。
君を本当に愛していたら、なんでもどかどか、突っ込んだりはしなかった。
でも、愛していなかった。
わかっていた。
買った時から、うすうすは。
もうちょっと、厚手の方がいいかな、と手に取ったものが、僕としては、かなり高くて、たかがエコバッグに、そんなお金をかけるなんて、と見下して、それで、君を選んだ。
当時、失職したばかりで、金銭管理に神経を尖らせていたつもりが、かえって、浪費を生んだ。
本当は、貧しい時ほど、手間をかけなくてはならない。
一円たりとも、無駄にできないから。
安物買いの銭失いができるのは、余裕がある証拠。
僕は、貧乏なのだ。
今も、これからも、死ぬまで、ずっと。
そこをわきまえていれば、無闇なブランド品も、保たない安物も、自然と、選択肢から外れていく。
愛あるものだけ、置きたくなる。
置かざるを得ない。
愛していないものを、養うことまでは、できかねる。
ばぐばぐ。
げじげじ。
いーててて。
とうとう、ミントが、かじりついたまま、放してくれなくなりました。
そろそろ、するめの時間です。それでは、また。
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