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上村元のひとりごと その242:らしさ

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 ごめんなさい。許してください。

 もう、枕は買いません。

 肉まんも、カツ丼も、食べません。

 女の人にも、触れません。

 死んだり死なせたりも、扱いません。

 だから、許して。ごめんなさい。

 半泣きで、ベッドの上、買ったばかりの枕をどかし、いつ、どこで入手したものか、全く覚えのない、詰め物がじゃりじゃり鳴る、小さな硬い枕を、元通りに据えて、新しい方を、パソコンデスクの椅子に。

 すかさず、ミントが、ほわま、ほわま。

 抱っこして、乗せてくれたまえ。

 かしこまりました、ミント様。

 丁重に、抱き上げて、乗せて差し上げると、むふーん。めやーん。

 よしよし、よくやった。きもちいー。

 ふかふかの枕に、存分に、じゃれじゃれなさいます。

 がっくりと肩を落とし、ベッドの端に座り込んで、深いため息をついて、天井を仰ぎます。

 ツィゴイネルワイゼンは、収まりました。

 よかった。

 ほっとして、うなだれて、両手のひらを見つめます。

 ひとりごとを書き始めてから、らしくないことが、できなくなりました。

 以前から、警告はあった。

 なんというか、これは違うな。薄々、わかっていながら、でも、したい。買いたい。食べたい。無視して突き進むと、必ず、反発が来る。

 怪我であったり、病気であったり、失敗であったり。

 慌てて、らしくないことをやめ、らしくない物をのけると、すっと、世は全て、事もなし。あっという間に、平穏が戻ります。

 今回は、枕が、いけなかった。

 買ってから、数日間、とても快適に眠れたのだけれど、なんだか、だるい。目は張り、肩は凝り、腰がつって、ぼんやりと、いらいらする。

 そして、今朝、来ました。

 僕が致命的に間違っていることを示す、バイオリンとピアノの名曲が、寝起きに、高らかに、頭の中に。

 とても、気に入っていたのだけれど。

 ミントと一緒に、広々と寝られるので、いい買い物をしたな、と思ったのだけれど。

 どうやら、僕がお預かりしている、謎の生物の、お気に召さなかったらしい。

 くっふーん。ぬっふーん。

 べったりと、枕にほっぺたを押しつけて、しどけなく全身をゆだねるミントは、王侯貴族のよう。ライトグレーのカバーが、青緑色の毛皮に映えて、猫のモデルになれそうです。

 実に、ミントらしいな、と思います。

 何が、というわけではない。

 たたずまいが、何一つ、無理をしていない。

 損なっていない。

 らしくない、物や事の特徴は、何かが、ちょっとずつ、損なわれる感じにあります。

 どかんと一気に、わかりやすく損なってくれればいいのですが、そうではなく、ちびちびと、ずるずると、削られていって、あれ? いつの間に、こんなに減ったんだ? 

 気づいた時には、もう、遅い。

 最悪の場合、命すら、取られている。

 毎日、書いていると、そういう、ほんの少しの変化に敏感になって、取り返しがつかなくなる前に、堰き止めることができるので、とても、ありがたい。

 物書きに限らず、毎日、何か、同じことをしている方は、ぜひ、大事に、続けてください。それが、必ず、あなたを救います。

 と、言っても。

 ベッドに横たわり、ぺさぺさの枕に頭をつけ、頂き物の、黄色い毛布にくるまって、みゅふーん。ちゅふーん。毛づくろいにいそしむミントを眺めながら、どうして。

 どうして、自分らしさは、自分で決めることができないんだろう。

 カツ丼も、肉まんも、大好きなのに。

 女の人にだって、興味がないわけではないのに。

 そちらへ行こうとすると、ブレーキがかかる。

 いつも通り、味噌汁に、白飯、漬け物。おにぎりに、スープ。味噌汁に、白飯に、つまみに、清酒。

 そんな三食を、ぬいぐるみの猫と分け合っている方が、僕らしいなんて。

 ぽろっと、涙がこぼれます。

 しなびた枕が、吸い取ります。

 悲しいんだか、嬉しいんだか。

 まあ、エコではあるか。

 無駄なお金を使わない、使えない、というのは、フリーランスになりたての身にとって、かなりのプラスになる。

 食べられるだけ、ありがたいのだ。

 うん、それでいこう。

 誰が決めたのでもない、似たような献立を繰り返し、物を書き、ミントとたわむれ、

 …違うな。

 ミントにたわむれていただき、熱愛するバンドの曲を聴かせていただき、それで、娯楽ということで。

 好きなことを、するのではない。

 していることを、好きになるのだ。

 それが、幸せ、ということなのだ。

 むがわぐしゃー。

 不届き者。

 我を差し置いて、なぜ、一人で寝ている。

 早く、抱っこして、ベッドへ連れて行け。

 申し訳ございません、ミント様。

 目をつむって、うとうとしていたら、激怒され、慌てて起き上がって、お抱き申し上げ、ご一緒に、日も高いのに、お昼寝タイムです。それでは、また。

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