見出し画像

デリー名物、悪徳?旅行代理店へようこそ(1/2)(インド旅③)

ニューデリー,メインバザールの朝は早い.一泊150ルピーの部屋は6時にはもう外の雑音にさらされる. バザールを行き交う人々の声,鶏の鳴き声,リキシャ(輪タク)独特のクラクション・・・.夜の闇とは対照的に賑やかな朝.そんなところにこの初宿はあったのだった.

そして,ここでインド一人旅の洗礼を受けることになる.

どこかで朝食を食べようと宿を出ようとすると,一階のカウンターには昨夜親切にしてくれた店主ともう一人,日本語を流暢に話すインド人がいる.店主に挨拶すると,今日の予定を聞いてくるのだ.昨日の印象が良かったので,他愛の無い会話と思いながらも,まずはここでゆっくりしてからアーグラーやバラナシに行ってみたいという予定を告げた.

何せ初めてのインドである.私はそれこそ一ヶ月かけてインドを一周しようと思ってここに来ているので,それに関する出来るだけの情報を得たいという気持があった.話はそのまま旅のコツという流れになった.すると,そばにいた日本語を流暢に話すインド人が,これから日本人のいる旅の案内所に連れて行ってあげるがどうか?と申し出てきた.

私の危険予知のアンテナが動いた.

これはおそらく旅行代理店への誘いである.ここデリーの悪徳旅行代理店には注意せよと『歩き方』では散々忠告されていた.しかし,私には変な好奇心があった.それに,旅をするといっても鉄道の切符の買い方すら知らないので,その辺の手ほどきくらいは受けられるのではないか?大体,まだ悪徳旅行代理店に行くかどうかも分からない.店主に「行った方が良いと思う?」と聞くと「そうだね,それがベスト・・・」という.知り合いのインド人が傍にいるので,当然といえば当然だったのだろう.

こうして,私と日本語を流暢に話すインド人は「パヤル」を後にし,すぐに流しのリキシャに乗り込み”どこか”へ向かった.20ルピーはインド人がニコニコして払ってくれた.このインド人,名前は聞かなかったが常に笑顔である.口ひげをたくわえて身なりが良く,怪しい雰囲気は感じない.”どこか”へ向かうリキシャの中で色々とインドのことについて教えてくれた.

インドで初めての朝,デコボコ路面に跳ねるリキシャの中から明るいインドを目の当たりにした.しかし,どこへ連れて行かれるのかという好奇心と,何かあった時にどう対処するかという緊張感で,私に景色を見る余裕はないのだった.

メインバザールから10分ほど行くと,町外れの看板も出ていないようなコンクリートの建物 の前でリキシャが止まった.怪しい建物である.しかし,町外れだが広い通りで,周りに人も大勢いたことは少しの安心を私に与えた.日本語のインド人とも”10分の仲”であり,今ここで帰ってしまうというのは少々臆病ではないかとも思えてくる.

旅行代理店はその建物の地下にあった.もちろん,看板などは一切なかった.店に入ると,それは旅行代理店らしくインド中の地図やそれらしい書類が整然と並べられていた.デスクの向こうには約束通り白髪の日本人(60歳くらい)がいて,私に「こんにちは」と笑顔で挨拶した.「こんにちは・・・」.こういう不慣れな土地,不安と緊張の中で出会う優しそうな日本人ほど,旅人の警戒心を解く存在も少ないのではないだろうか.

旅先で会った日本人同士がするような簡単な自己紹介を済ませると,おじさんは本題に入った.

「インドにはどのくらいいるの?」

「1ヶ月かけて一周しようと思ってます」

「そりゃぁ大変だ.インドに慣れない状態でたった1ヶ月でいきなり一周は無謀だよ,困難だ」

「それは・・・,どう困難なのですか??」

その後もおじさんはその困難さを語ってくれたが,要するにインド一周を1ヶ月でしたければ,鉄道の予約がネックになる.鉄道の予約はインド人でも大変な作業であるから,この旅行代理店で鉄道の予約だけはしてもらった方が良い.・・・ということらしい.

インドで3年も生活しているおじさんが言うように,確かにインドの列車は日本の列車と違って一日の本数が少ない.『歩き方』に簡単な時刻表が載っていたが,そのことは一目瞭然であった.それに,営業距離が日本と違って非常に長い.例えばデリーからカルカッタまでの距離を考えると約1500キロもある.ざっとインド一周分(北部は考えない)を計算すると6000キロ.一都市に3日滞在するとして30日で10都市,一回の移動は600キロとなる.600キロを移動しようと思ったら寝台になるだろうが,南部の都市間では北部と違い本数が非常に少ないらしい.

こういう風にシミュレーションをしてみると,おじさんが言うように,1ヶ月で一周することの困難さ,鉄道を各都市で毎回予約することの無謀さが理解できた.夜行で移動するとなるとそれだけで(各都市での)滞在時間が減ってしまう.大体,私の旅はデリーに始まり,一ヶ月後にデリーで終ることになっている.帰りの航空券はすでにあるのだ.

気が付くとおじさんはすでに姿を消していた.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?