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校長室通信HAPPINESS ~池上正氏の「子どもたちへの絶妙な接し方」

3年ぶりの池上正氏の指導者講習会

 去る12月5日土曜日、千葉県市川市で池上正さんの少年サッカー指導者講習会を開催しました。池上正さんは、「サッカーを通して子どもたちを立派な人間に育てていく」ことを理念として、全国でセミナー、講習会、講演会などを展開されています。出版されている多くの著書にはサッカーの指導だけではなく、教育、子育て、人材育成のヒントが満載です。ジェフ千葉時代には、「サッカーおとどけ隊」として千葉県内190か所、のべ10万人の子どもたちの指導にあたり、サッカーの楽しさに加え、友だちと集う楽しさ、大切さを子どもたちに伝えるなど、サッカーを通しての教育の在り方を常に提言してくれました。市川市でも年8回の指導者講習会を10年以上継続していただきました。私が池上さんと出会ったのもその頃です。
 今回は、池上さんの特別講習会ということで、市川市内外から50人以上の参加者が集いました。講習会はまず、池上さんの子どもたちへの指導をグラウンドで参観。その後、室内で講演会。「スポーツとは何か」「『サッカーを教える』とはどういうことか」など、本質論から具体的な内容まで、貴重なお話をたくさん伺うことができました。さらに次の日の日曜日、図々しくも我がチーム、北浜SSS の全学年の指導をお願いしました。さらに練習後にはコーチ、保護者に向けての「お悩み質問コーナー」までやっていただきました。

ライブだから見える「子どもたちへの絶妙な接し方」

 市川市で行われる指導者講習会は、大人を対象にした実技講習が基本ですが、今回は池上さんが子どもたちを実際に指導している場面から学ぶという形式で行いました。これは私がかねてからぜひやってみたかった研修形式です。大人対象の実技講習は、実際に体を動かすことによって指導するポイントが見えたり、子どもの気持ちが良く理解出来たり、トレーニング全体の流れや方法を知ることができたりするメリットがありますが、この形式だとどうしても抜け落ちる点が出てしまうのです。
 以前、池上さんに市川市が指導者講習会をお願いしていた時、参加者の声の中に「講習会の次の日に池上さんから教えてもらったのと同じように、子どもたちに指導してみたがうまくいかなかった」という声がわりと多くありました。当初、私もそれは感じていました。池上さんと同じようにやっているつもりなのに、子どもたちが主体的にならず、どうしても子どもたちに「やらされてる感」が出てしまうのです。その原因は「子どもたちへの接し方」にありました。池上さんから教わったトレーニングメニューを同じように進めることは簡単です。講習会で取ったメモを見ればいいのですから。しかしトレーニング中に頻繁に行われている、子どもたちへの「声かけ」「フィードバック」「模範の仕方」などを、池上さんと全く同じように行うことは容易なことではありませんでした。
 池上さんの子どもたちへの接し方は絶妙です。出会った頃、教師であった私が学級の子どもへの接し方でどれだけ参考になったか知れません。「なぜこの子はやる気にならないのか」「なぜあの子は反抗的な態度をとったのか」の答えがいつもそこにありました。
 今回、池上さんの指導をライブで見てほしかった一番の理由は、ライブでしか分からない声かけのタイミング、話し方、つかず離れずの接し方を参加者に見てほしかったからです。この「絶妙な接し方」は、池上さんがこれまで積み重ねてきた何万人という子どもたちへの指導経験だけではなく、「指導者は子どもたちをリスペクトするべき」という池上さんの指導観から生まれていると思っています。

子どもが変わった「2つのエピソード」

 ここでは2日間で見られた池上さんの「子どもたちへの絶妙な接し方」のエピソードを2つご紹介します。
 1日目。妙典の子どもたちを指導したとき、最後に池上さんが子どもたちに「質問コーナー」を設けてくれました。ところがせっかくの機会なのに、奥ゆかしい子どもたちは恥ずかしがって手を挙げません。しかしそんな中、何回も手を挙げて質問する子がいました。これは私にはちょっと意外なことでした。というのは、その子はどちらかというと、その日のトレーニングがうまく出来なかったという印象だったからです。
 あとで話を聞くと、池上さんはこの子の存在にちゃんと気づいていました。でも声をかけたり、プレーをやり直させたり、個別指導したりは一切していません。でも放ったらしていたわけではないんですね。実に微妙な距離をとりながら、「見守っていた」という感じです。結果、彼は満足してトレーニングを終えることができました。だからこそ池上さんという人に興味を持ち、最後にポジティブな気持ちでたくさん質問できたんだと思います。
 2日目。私のチームの1年生にちょっと気まぐれな女の子がいます。あんまり熱心にサッカーをやらないんです。池上さんが来てくれた日は最悪の日で、練習が始まる前から「寒くていやだ」とベソをかいていました。池上さんのトレーニングが始まっても、サッカーに見向きせず、ずっとぐずぐず。担当コーチがなだめても、すかしても駄目でした。
 練習が始まって20分くらいした時のことです。それまでその女の子に何もアクションしなかった池上さんが突然、その子とパスをし始めました。その子は池上さんからのパスをあさっての方向に蹴とばしました。池上さんは飛んでいったボールを全力で追っかけてまた女の子にパス。また蹴とばす、また追いかける…それが何回か繰り返されていくうち、女の子はケラケラと笑い始めました。そんなやりとりのあと、池上さんは何も言わず(つまり「練習に参加しようよ」とか「みんなとやろうよ」とかの働きかけもなく)練習に戻りました。不思議なことに、次の集合からその女の子は、池上さんの真ん前に座って話を聞いていました。

「リスペクト」すれば接し方が変わる!

 池上さんは、著書「伸ばしたいなら離れなさい」の中で、次のように述べています。「子どもの人権を理解できない人は、子どもを指導してはいけない。なぜなら、子どもをリスペクトするからこそ、コーチは手を替え、品を替え、工夫する。そこで初めて指導者として進化するから」…。リスペクトとはその人の存在を心から認めること。慰めたり、褒めたり、指導したり、無理に引き込んだりすることが初めにあってはいけない。相手を強引に変えようとすることは、「そのままのあなた」を否定することになってしまうからです。「君は君のままでいい」がリスペクトの本質。指導という名のもとに強引に相手を変えることではありません。先に挙げた2人の子どもは、自分たちへの池上さんのリスペクトをきっと本能的に感じたんだと思います。
 しかしそれにしても、指導中の池上さんの様子がうまく伝えられないもどかしさ…。やっぱり「本物」を学ぶにはライブが一番です。

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