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一つをやり通す

私は飽き性だ。中学も高校も部活は途中でやる気がなくなったし、大学受験勉強も途中で飽きてしまった。他にやりたいことができた、とかではなく、ずっと同じことをしているのが苦痛で仕方なかったのだ。ただ単に逃げていただけかもしれない。これを性格のせいにして逃げるのは簡単だが、そのままだと何も変わらない。
なんでこんなこと急に書き始めたかというとテスト期間で再度自分の集中力の無さを痛感したからだ。数学の勉強は楽しかった。答えがもうただ一つ決まっているから。しかし、私が進んだ道は文系、答えのない道を歩き見つかるわけもない答えに近い何か、もしくは自分なりにの結論を探す長い道のり。絶望を感じずにはいられない。
さて、ただ絶望ばかりしていても前に進めない。治すためにはどうすればいいのだろう。
自分なりに考えた結果、自分にとって楽しいことも辛いことも両方ある物事、それを大学生活でやり抜こう、という結論に至った。それはつまりだ。私が今所属している山岳部、この部活の活動に真摯に向き合うということだ。大学の部活なんて強制じゃないんだから望んで入った部活は楽しいことでしかないのではないかと思うかもしれない。入部前は私もそう思っていた。新歓はそこらの丘を団体でのぼり、適当な場所でご飯を作り帰宅。たった4時間程度のウォーキング。この雰囲気ならたまに顔出すには楽しそうだな、そう思っていた。しかし、だ。実際入って最初の山登り。2600mの山を4時間かけて登り、3時間かけて下るものだった。実際に2600mも登ったわけではない、1000mそこらだった気もする。しかしだ、登山経験者でもない私にとってそれは本当に辛いものだった。終わりのないように見える道をただひたすら歩き、登り切ったと思ったら10分後には下山開始、またとてつもなく長く感じる時間歩くわけだ。正直辞めたかった、途中で投げ出したかった。初期費用何万円もの登山用具全て売り出したかった。高山病になりわれるように頭が痛くなった。それでも私は頂上から見えるあの景色、それを忘れられないのだ。雲も見えず辺りを見渡しても見えるのは山や川だけ。日頃暮らしている都心部からは見えることない壮大な眺め。私は一生忘れないだろう。毎度毎度辛い思いをして登る山、雨で頂上から何も見えないこともある、低体温症になり震えが止まらないこともある。それでも私は辞めたいと思えない。あれより綺麗な景色があるなら。あれより心打つものが見れるなら。あれより私を魅了するものがあるなら。それを見ずに人生を終えるなんて到底もったいないだろう。
 確実にまたもうやめたいと思う日は来るだろう、特に来週は3日間連続で登り、コースタイム9時間の日もある。心が挫けそうなこともあるだろう。その時はこのノートを読み返し、自分に「負けるな」と言いたい。
そんな決意と未来の自分への応援をここに記す。

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