吹き荒ぶ
風が吹き荒れている。季節を先取りした日差しと相まって、まともに目を開けていられない。暴れる髪を押さえつけながら、目的地に向かった。
・
友人の紹介で、現代文学研究をされている方とお会いすることになっていた。名古屋の研究室にお伺いできるか連絡してもらったら、東京に行く用事があるからと、都内で友人を交えて会う時間をつくってもらえたのだ。
期待と戸惑いとがないまぜで、落ち着かないまま電車に乗り込む。
小説やエッセイを読むのは好きだけれど、いわゆる文学は未知の世界だ。知らないというより、触れたことはあっても踏み込めなかったと言うべきか。憧れや興味はあるけれど、それを生業としている方と話すのは想像がつかなかった。
どのような形であれ文学の世界に挑戦したかった。「知りたい」と言う私に、友人が知るためのチャンスをくれた。恐れ多いと思いながら、会わせてくださいとお願いした。落ち着かないまま、約束のお店に着いてしまった。
・
大きすぎるバックパックを背負って、その人はやって来た。本が15冊、PCが2台入っているという。席につくなり付箋だらけの小説を一冊取り出して話し始めた。
初めて会った人と過ごしているとは思えない時間の流れ方をする。
友人も、その人も、恐ろしく頭の回転が速い。順序とか、前提とか、そういったものとは無縁の空間。知らない人の名前が容赦なく出てきて、二人とどういう関係性なのか尋ねても、どうしてそこが繋がったのか、すんなり理解できないことばかりだった。それが二人にとって当然の人間関係の築き方のようだ。そもそも「なんとなく文学や文章や創作に興味がある」という私がこの場にいること自体、不思議なことなのだから。
浮わついている私をよそに、話は自由に飛び回る。研究と並行して進めている執筆活動の話、二人の沖縄や中国での旅の話、定期的に開く飲み会の話、おすすめの作家や作品の紹介、文学研究をするようになったはじまりの話。話を取りこぼしたくなくて、とにかく一所懸命に聴いた。聴いた分だけ何かを返せない自分にもどかしく思いながら。もどかしいとか思っている時間も惜しかった。
私が書いたものを読んでもらい、私は教えてもらった本を読むこと、そして東京か名古屋か沖縄か中国で再会することを約束して、別れた。走って去っていく姿を、友人と二人で見送った。
今日のこの、強すぎる風にぴったりな時間というか、人だった。
・
立場も肩書きも所属も明確にない状態で「自分として」人と接する経験が、これまでにいかに少なかったかを実感する。立場も肩書きも所属も、便宜上のものでしかないと思っていたけれど、実際のところ、何かしらのカテゴリーのなかに自分と相手を入れてから付き合いを始めていたんだなと。
ちっぽけだなあと思った。想像力とか、深く分け入る力とか、そういう諸々が、自分のなかに想像よりなかったことに驚いた。
ないものはないけれど、教えてもらったものを読んで、自分のことばで解釈して、考えたことを伝えたい。今日会ったあの人と、自分としての会話を地道に積み重ねようと思った。
20230506 Written by NARUKURU
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?