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走れ!ライトマン#8

いつも外部に出て仕事をすることが多いが、たまには局内で仕事をすることだってある。

そんな局内仕事のお話を2つ。


北沢の今日の仕事は、「物撮り」だ。
物撮りは体力とは関係なしに空調のきいた部屋で作業できるところが魅力である。

しかし、欠点がある。

それは、「超むずい」ということである。

北沢は何度説明されても、何度講習を受けても、その技術をものにすることは叶わない。
先輩社員の堀江は「やっているうちに慣れる」というが、使用するライトの状態によっても完成の質が作用されるような気にもなり、イレギュラーに対応することが難しいのだ。

さて、物撮りとは。
人物ではなく、モノを接写することである。
部屋を暗室にし、ライトをカッと当てて、撮る。

そんな今回の取材内容は、「書類文字抜きの接写」だ。

最近明らかになった、門駄維持中学校でのいじめ問題。
自殺した生徒が複数名出たことで波紋を呼んだ。

そんな中学校側から出た、「一切の責任を負わない」とする衝撃的な書類を文字抜きにして接写するのだ。

今回は亀内カメラマンだ。
まだ若手なのに、しっかり接写もできるなんて、さすがだ。

時間は何となく昼から、とかそんな感じでふんわり設定されているので、そのような時間になる前に準備をする。
使いそうなタングステンのライトを用意し、接写台を用意し、コンセントの位置を決めて、配置していく。

ここまでは、何となく問題なさそう。
そう、物撮りは始まってみないと結局わからない、通常の取材と変わらない。
と、とらえているのは、実は北沢だけである。

ある程度物撮りの内容が決まっていれば必要なものも何となくわかるし、基本的には記者からのオーダーに応える、カメラマンの好みのライティングを把握しておくところまでがプロのライトマンなのだ。
これこそが、腕利きだ。

そんななか始まった接写。

たばこのにおいをまとって亀内カメラマンと合流する。
記者と一緒にイメージを確認しながら、セッティング。

相変わらずここまではかなり準備したかいもあり、スムーズに進む。

が、ここからだ。

「ここの一行を抜きでほしいんです」

記者が言った。

この抜きでほしい、だが、よく報道番組で見る、書類の一部だけがうっすら光っているアレである。

これが本当に本当に、慣れないと、本当に本当に難しいのだ。
北沢はあまり器用なタイプではなかった。

タングステンの灯体に光を一部さえぎるベロンベロンしてるアレ、パンドアを駆使するわけだが、これが一番の難関だ。
最初にして最後の難関なのである。

まず、タングステン、タングステンと繰り返しているが、タングステンとはライトの種類であり、タングステンの中でもいろいろあり、今回はデドライトと呼ばれるものを使用する。
要は、LEDの照明の中でも調光機能があるものやないもの、大きいもの小さいものとあるので、そのような分類だ。

難しいだの、難関だのとばかり繰り返しているが、もはや、タングステンの最大の特徴と言えば、熱いことだ。
LEDは比較的熱を持ちにくが、タングステンはマジでカンカンでチンチコチンに熱くなるのだ。
どのくらい熱いかと言うと、やけどするくらい。

なので、基本的に点灯時、タングステンに触れる場合には軍手を使用する。

今回使用する灯体は2つ。
上からうっすら光を当てる担当と、文字抜きをする担当の光だ。
上からあてるうっすら光は難なくクリア。
なんせ、固定して点灯させて少し調光するだけだもの。

軍手をして、ここで特殊なパンドアを使用する。
ベロンベロンしてるパンドアは一旦外し、文字抜きに適した最強のパンドアを設置。
そして、文字にあわせて光を当てるのだ。
上下左右四方にパンドアがあり、それを少しずつ調節して四角形を作る。

カシャンカシャンと音を立て作業を進めるが、全然、うまいこといかない……!

何故だ!

焦る!

記者も不安そうにこちらを見ている!

こんな大苦戦をしていると、機材室で暇をしていた社員たちが見守りにと3人ほどやってきた。
なぜこんなに緊張しているのだ。

タングステンの熱さでなのか、それとも焦りでなのか、わからないが汗が噴き出る。

亀内カメラマンも時間がかかるとわかってから、肩をまわして、背を伸ばし始めた。
ストレッチすな!
いや、時間を与えてストレッチさせているようなものか……、申し訳ない。

そっと動かしたとしても、1mmの誤差で、平行感のなさや均等さが非常に気になってくるのだが、パンドアがやや古くなっていることも災いして、力加減が非常に難しい。
ここまで、動かしたい、が、しかし、行き過ぎてしまう。

悔しすぎてならん。

何度も何度も繰り返していくうちに、手がホカホカになってきた。

なんとかして文字抜きを成功させたその時、後方で見守りに来た3人が小さく拍手してくれた。
ピントを合わせると、指示が出た。
ぼかしてほしいとのこと。

ライトのピントを緩め、文字抜きの光をふんわりと、ぼかした。

「北沢クンにしてみたら、頑張ったんじゃないかね、知らんが」
「え!」
「速さも大事だが、丁寧さを忘れちゃいかん」

見に来ていた前山さんからそんなことを言われてうれしくなる。
緊張がほどけたとき、灯体を片付けながら少し泣けてきた。

この仕事は専門職。
向き不向きがあると感じたからだ。


ニュースでよく見る、アレ、といえばもう一つ。

それは、「電話インタ」こと、電話インタビューだ。

電話インタは最近になっては、オンラインWeb会議サービスが主流になってきたからなくなってきた文化のように感じるが、そうとも限らない。
大抵の場合、大学の教授等はオンラインWeb会議サービスを使用するが、インタビュー相手が状況によってはオンラインWeb会議サービスを使用できない環境にある、非常に忙しい、また、急遽電話インタをしなければならない際に比較的インタビュー相手の準備が簡単であることから、まだまだその活躍は続く。

北沢は電話インタにも慣れていなかった。
何故なら、配線管理がちょっと難しいからである。

基本的に電話インタは、局内の電話機を使用して収録する。
電話線のつながっている局内の電話機をミキサーに接続し、音声を送るだけではあるのだが、正直覚えていないくらい不思議と複雑だった。

そう、つまり工程が多いので、難しいのだ!

準備も簡易的で、運動量はほぼないが、この工程をしっかりと理解していることが必要になる。
正直、やって慣れるしか方法はない。

北沢は仕事なのに申し訳ないが、鍛錬と思いながら設置準備を始めた。

この時、なぜ工程をしっかりと覚えていないか明確になったことが起こる。

「北沢くん、次電話インタだよね?手伝うね」
「ああッ、…ありがとうございます」

先輩が超絶手伝ってくれるからだ。

工程が多いからこそ、一人で何とか道筋を確認しながらやっていくことで覚えていくのではないかと思うが、他人に毎回やってもらっていちゃあ、覚えることも覚えられない。
というように書くと、まるで覚える気がないように見えるが、それもそのはず。
わからないことがあると、先輩という生き物は答えをすぐに提示してくれてしまうからだ。

何故なら、これは人材育成でなく、仕事の一環だから。

しかも堀江は困ったことに、わからないと質問すると、説明する前に行動してしまうのだ。
もう、それは堀江の仕事と化す。

そうされると、もし堀江がいないときに北沢は超絶困るのだ。
だって、一人でやりきった経験がないから。

結局、北沢は一人で電話インタの準備をすることなんか一度もなかったし、その状況に慣れたので、甘えられるとき存分に甘えることにした。

これでいいのだ、そう諦めていた時、電話インタビューを予定した部屋から水上さんの怒号が聞こえた。
なんだなんだと野次馬のように見に行くとそこには、榛名がいた。

普通に工程ミスのようだ。

「お前何回もやってんだろこの仕事はよお!!」
「や~~」
「や~じゃねえだろ早くしろ!!あとコードを雑に扱うな!!!」

水上さんはコードの処理に少し厳しめだ。
あまり言及されたことはないが…。

「お前、最初から工程を説明してみろ」
「えーと、まず、この線を抜きます」
「あっている。だが何故だ」

質問攻めにあっているが、この緊張感でも仕事を教えようとしてくれる姿勢はシンプルに良いと思った。

電話インタまであと30分。
定刻になり、記者が入室した時、水上さんからの怒号レッスンは幕は閉じた。

こんなことは思いたくもなかったが、北沢は怒られないようにしっかり覚えようと決意した。
電話インタ終了後、榛名と一緒に工程を確認しようと話しかけた。

「え?」
「いやもう、忘れちゃったよお」
「ハ…ア…ッ!」

きょとんとしている榛名を見て、北沢は絶句した。
死ぬほど怒られてたのに、のんきなやつ…!

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