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走れ!ライトマン#3

空港での勤務は、非常にのんびりしたものである。

何か特別なことがなければ、しばらく空港機材室で待機だ。

今回の取材は、ざっくり言えば「台風」
中落牛たん空港では台風の時どのように対応しているかなどを撮っては局に映像を電波で送り、撮っては送りを繰り返して、定時になったら帰る。

そんな仕事だ。

空港や警察署、はたまた市役所には、情報をできるだけ素早く局に伝達できるように記者が一人は在中している。
新人の記者は大抵警察署の担当になり、交通事故やなにか事件があった際に記事を作成したりするのがもっぱらである。
これは、毎日テレビ放送網報道部だけの特権というわけではなく、全ての報道局にそのようなものが存在する。
そして、空港にも局専用の機材室があるのである。

台風の為、結構の便が非常に少ない。
そのため、「少ないです」っていう絵を撮りに行く。
それにプラスして、普段は混雑しているターミナルもガラガラだ。
それを撮りに行く。

人も少ないし、インタビューはなしとしているから、気が楽だ。

一緒になったカメラマンは、機材室の母、幡司さんだ。
幡司さんは、きれい好きで、なんでも事細かく小言の多い、50代のおじちゃんカメラマンだ。
普段は気難しい顔をしているし、何を考えているかわからない。
しかも、いつも口角が下がっている。

話し相手はいないものの、のんびり過ごせることは確定なので、良しとする。

「北沢、今日何を食うか」
「あ、どうしましょう」
「空港内に、うまいハンバーガー屋があるんだ、一緒に行こう」

意外な誘いに、ちょっときゅんとする。
部下を飯に誘うような上司には見えなかったからである。

それにしても、なんも事件も起こらない。
台風直撃しているとはいえ、本当に特に何もない。
逆にそれしかない。

飲食エリアにつくと、某ハンバーガーチェーンに連れていかれた。

「ちょっと割高だが、うまいんだ~」

ニコニコしている幡司さんに、チェーンですよとは言えず、それらしい相槌を打つ。

そこで、幡司さんはこんな昔話をしてくれた。


毎日テレビ放送網報道部の映像班は、飯のことになると非常にうるさい。
食べられないと落ち込むカメラマン、怒るライトマンもいる。

そうなってしまったきっかけがあるんだそう。

「誘拐と立てこもり」で有名な地で起こったとある事件だ。
特に誘拐というのは、児童の誘拐事件ではなく、大人が誘拐、拉致されるものである。
その犯人はだれなのかと、加害者の可能性が高い人間の勤める会社から上司等が出てこないか一日中張っていた時、腹が減っては戦ができぬと近くの弁当屋さんで食料を調達していた。
それは他の局も同じである。

しかしながら、その弁当屋は突如閉店してしまった。

実態は、弁当屋の社長が誘拐の容疑で逮捕されたからであった。
この事実が判明してからというもの、現地で待機していた他局を含める映像班たちに混乱が生じた。

そう、食糧難である。

その地域は、コンビニなんてものがない僻地であり、30km先にサンドイッチ屋が1件あるだけで、弁当屋がつぶれてしまった今、ピンチなのである!

しかも、NRNR放送局が、サンドイッチ屋の食料すべてを買い占めてしまったのだ!


「こうして、我が毎日テレビ放送網報道部映像班は、食糧難に陥ったのであった」
「や、やば」
「だからみんな食にはうるさいのだ。お前も、食える時に食っとけよ」
「…うす」

幡司さんの思い出話は面白いものばかりだった。

他にも、将棋棋士がいい結果を出したかなんだかで総理大臣からおめでとうの電話があった、という取材の後。
他局のカメラマンと親交があった幡司さんは、帰りにみんなで飲みに行ったんだとか。

今はおじさんカメラマンの広島さんが初めて行った取材先が爆破テロ事件で割と怪我して帰ってきただとか。
トラック横転事件の際トラックの積み荷に入っていたのはゴキブリ撃退のジェットスプレーだっただとか。

あれが大変だっただの、あの時の取材の飯がうまかっただのと、写真を見せながら話してくれて、この仕事が本当に好きなんだということが伝わってきた。

北沢は、こんな風にやっててよかったと思えることを仕事にできればと考えていた。
人間あるある、何者かになりたい。

その中で、ライトマンで本当にいいのかは、少し疑問だったが、今こうして頑張ってきた人を前にしてみた時、もう少し歩んでみるのも悪くないと思えたのであった。

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