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走れ!ライトマン#10 完

連日連夜の夜勤に、北沢は悩んでいた。

最初は右も左もわからない状態、どころか、手違いで配属された報道部。

そもそも、テレビ業界がブラックなのは常識だけども、いつのまにかそんな激務が普通になっていくものだと思っていたのに、そんなことはなかった。
美味しいものはいつ食べても美味しいように、しんどい時はどう考えてもしんどいのだ。

しかも北沢はあわせて体力も比較的ない方だった。
中高はパソコン部。
部員と一緒に動画サイトを漁り、手描きMADなどをマイリスト登録するなどして学生時代を過ごした。
大学時代はイキって入ったテニスサークルを3日でやめて、放送部に入部した。

運動とは縁のない生活を送っていた。

ライトマンという職業は、マスメディアの土方のようなものだと思う。
思考よりなにより、体力がいる。
考えて行動しなければならない時だってもちろんあるが、基本は体力だ。

誰が一番に陣取りをできるか。
誰が一番手際がいいか。

北沢は悩んでいた。

しかし、ディレクターになりたいと思ってこの世界に飛び込んだはずなのだ。
きっと他にやりたいことはあるはずで、中途採用の枠を探して転職もアリ。

だけど、疲労を感じると、人間というのは何もしたくなくなるもので、今は夢も希望も何もない。

北沢は、本当は真実を追い求める仕事をしたかった。

過去起きた未解決事件を歴史の授業で知ったとき、なぜ解き明かそうとしないのか、不思議でならなかった。
「フェイクニュース」という言葉が飛び交う中で、本当のことをマスメディアが発信するべきと考えていた。

それでも、記者だって会社員だ。
記者自身が仕事がしやすいように誘導尋問をしたり、情報を聞き出すために関係者と仲良くしたりすることだってある。
そういう人間は仕事ができる人間として扱われているのがまたもどかしい。
クライアントと仲良くしたり、自分の思い通りになるよう根回しをすることに似ているから、社会で置き換えるならば普通のことなのかもしれない。

多くの人々への情報発信ができることは、本当に強いことだと思ったのだ。
だからこそ、マスで正義を貫きたいと考えていた。

そんなことを入社時の志望理由で話したが、バラエティ番組向きではなかったかもしれない。

これから記者に転身してみるのも悪くないだろうか。
記者は全力疾走したりしないし、三脚を担いだりしない。

いろんなことが頭を巡ってしまうのは、激務のせいだけではなかった。
直近で記者が1人やめたからだ。

「すみません、私は局の歯車になれません」

その言葉は、なによりも説得力があるように感じた。


北沢は腐っていた。
やめたいけど、やめられない。
そもそも本当にやめたいかも謎な気がしていたからだ。

今日の取材はまた野球取材だ。

中枢ミソゴンズVSお台場ショーニンズ。
北沢が行くミソゴンズ戦は大抵、ミソゴンズが大敗する。

機材室のメンバーも北沢の腐り加減に苦笑しているところだった。

カメラマンはまた亀内カメラマン。
最近は亀内カメラマンか石本カメラマンの二択でつかされている。
水上さんじゃないだけマシなのかもしれない。

なるべく感情を殺して生活するようになっていた。
頑張っても変わらない給料、結局残業、夜勤、そんなことが頭をぐるぐると駆け巡る。

北沢は完全に腐っていた。

いつものように局をでて、取材の準備を進めた。
野球取材もこなれたもので、一切の緊張もない。
どうせ負ける。
そして明日はミソゴンズセールで、負けたけど頑張ろうとか言ってスーパーマーケットがにぎわうのだ。

そんな茶番に飽き飽きしていた。
なぜミソゴンズがプロ野球の一員なのか理解できないくらい負けている。
勝っているときもあるが、北沢の時は百発百中負ける。

ぼんやりとはじまり1回表とどんどんゲームは進む。
北沢は、スマホを触りながらだらだらスコアを記入していく。

というか、最近のアプリはすごい。
選挙速報ならぬ、野球速報があり、今起こっていることがリアルタイムでわかるのだ。
このアプリをまんま書き写せば、今日の仕事は完了だ。
そんな気になっていた。


しばらくして、ゲームは進み、6回裏。
他局のライトマンたちが席を外し始めた。

確かに今日の試合はなんだか長く感じる。
トイレにでも行っているのであろうか。

すると亀内カメラマンが声をかけた。
「おい、もしかしたら、もしかするかもしれない。ミキサーを準備してきてくれ」
「え?」

ゲームに集中していない北沢は状況が読めなかったが、得点表を見た瞬間、全てを理解した。

ミソゴンズVSショーニンズ、3-0、先発大竹雄介投手がここまで続投。

しかも、ノーヒットノーラン!

胸が熱くてたまらなくなった。
あまりの驚きに言葉も出ない。
こんな感動、今までにない!

亀内カメラマンに無言でうなづいてから、野球ドーム機材室からミキサーを運んだ。

「もしノーヒットノーランだったら、真っ先に取材室に入って準備を進めてくれ」
「了解です」

そして迎えた9回表。

野球を観戦しに来た4万人が大竹投手の活躍を見守る。
息をのむ。
震える。
願う。
祈る。

一人二人とアウトにしていく。
次のバッターから三振をとれば、その瞬間はやってくる。

大竹投手は、やってくれた。

ミソゴンズ投手として初のノーヒットノーラン達成だ!

湧き上がる観客、大竹投手に集まり熱い抱擁をする選手たち。

今ここで、我々は伝説を共有し合ったのだ!

そんな感動をしり目に、北沢は震えていた。
これで陣取りに失敗したときのことを考えていたからである。

ノーヒットノーランを達成した次の瞬間、亀内カメラマンに一声かけて、一目散にBカメ席を後にした。

細かい階段を上り、一心不乱に駆け抜ける。

ミキサーを、ディスクの入ったカバンを、ガンマイクを持って走った!

後方からNRNR放送局のライトマンも駆けてくる。

ここからが本当の勝負だ!

ミキサーとカバンが走るのに合わせてカシャンカシャンと音を立てる。
ガンマイク片手だと腕も降りにくい。
久しい全力疾走に息が上がる。
体力がないから限界が近い。

足が重い。
息が苦しい。
目頭が熱い。

立ち止まりたい。
だめだ、進まなければ意味がない!

走れ!
走れ、北沢!

走れ!ライトマン!


「大竹投手、初のノーヒットノーランでしたが、感想はいかがですか?」
「本当に楽しく試合できました。応援してくれるファンの皆さんにまずは感謝を伝えたいです!ありがとう!」

大竹投手に幾度もなくフラッシュが注がれる。

完全試合に達成感いっぱいの様子で、顔が少しむくんでいた。

北沢はというと、走った結果、取材室一番乗り。
前方左側の位置を確保することに成功したのだ。

「北沢、早かったな」
「…感無量です!」
「…俺もだあ!」
亀内カメラマンも大の野球好きだった。

伝説に巡り合えたこと、そして取材も好調だったこと。

北沢は達成感で満ち溢れていた。

こんな風にして、「本当」の瞬間に何度も立ち会っていきたい、そう思った。


帰局すると、仕事を終えたライトマンたちが出迎えてくれた。

「北沢くん、やったね!」
「いいな~、俺も見たかった」
「いや~、ついにやりました!」
「やったのは大竹投手でしょ~?」
「俺、仕事続けてみます」
「え?やめるつもりだったの?」
「ちょっと…ね」

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