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走れ!ライトマン#5

何年かに一回行われる祭典を、楽しみにするものだろうか。

機材室のみんなは、楽しみにしていないようだ。
イベントものはとにかくたくさん歩くし、疲れるとのこと。

今回の取材は、4年に1度行われる国内最大級のアートの祭典「ハレハレアートフェス」
祭典の賑わいや、注目作品、芸術祭とともに賛否のある不可思議展も出展予定だ。
どうやら不可思議展の出展に関して、区長と市長が揉めているらしい。

それを撮りに行く。


「ハレハレアートフェス」は1週間にわたり行われる、町おこしのようなものだ。
円堂寺商店街いっぱいにアーティストの個展が連なる。
県内美術館もハレハレアートフェス一色らしい。

北沢は芸術には興味一つなかったが、祭りが好きだったため、今回の取材には乗り気であった。

「北沢くん、今日はワイヤレスを使ってみましょうよ」
「ワイヤレス?」

堀江が北沢に話しかけながら、ワイヤレスの機械を準備し始めた。

今回の取材は少し特殊で、報道だけでなく、夜に放送する情報番組向けのリポート映像も兼ねていたため、リポーターの女性も同行するのである。
要するに、リポーターにはワイヤレスでピンマイクを使い、それ以外をガンマイクで録音するのだ。

北沢は一通り堀江からワイヤレス機の使い方を教わり、出発時間までクッキーを食べるなどして時間をつぶした。

「よろしくお願いします~」

すこしふくよかな小奇麗な女性と、汗だくで眼鏡の男性が機材室を覗いた。
そろそろ出発の時間だ。

担当カメラマンは、亀内さん。
カメラマン歴は5年程度と若いものの、185cmで体格もいい機材室で一番の大男だ。

4人で車に乗り込んだ際に、北沢は堀江に教えてもらったことを振り返った。
まず、アナウンサーやリポーターが異性の場合は、ピンマイクはつけてもらった方が無難。(セクハラになる可能性を加味して)
ピンマイクをつけるというのも立派なライトマンの仕事であるものの、アナウンサーは自分でつけ慣れていることもあるので、渡してしまっても問題ないのだ。
人込みや他でワイヤレスを使っている現場では、なるべくワイヤレスの使用を避ける。(混線する可能性があるため)

今回は、リポートしつつ美術館で取材して、商店街で取材してで完了だ。

問題はこのディレクター。

「や~~楽しみですね!どこから行きますか?!」

ワクワクをひしひしと感じた。
雰囲気がまるでデート気分だ。

しかも、この亀内カメラマンの様子も少しおかしい。
なにやらブツブツとつぶやいている……。

「…くだらない、だりいな……」

北沢は少しだけ、神に祈りをささげ始める。
基本無宗教の彼は、独自に存在する「なんでもうまくいく神」に祈りをささげるのだった。


「ここ、須吾杉美術館では今週一週間まで、国内最大級のアートフェス、ハレハレアートフェスを開催しています!それでは行ってみましょう!」

リポーターの声が美術館前に響いた。
堀江のいう通りにワイヤレスマイク受け渡しも完璧で、先行きの良いスタートだった。

それとともに、ディレクターのテンションも舞い上がっていた。

「いや~!フェスってテンション上がるなあ!ね!カメラマンさんもそうでしょ?」
「…あ、はい…」
「さあさあ、どこからまわります?順路通り?」

あからさまな温度差を感じた北沢はただひたすらに、カメラマンを追うことしかできなかった。
亀内さんが怒るのもわかる。
何故なら、どこからまわるかと言っている時点で事前調査を何一つとして行わず、その場しのぎが見え透いているからである。
このディレクターは仕事ができないと見た。

しかし、リポートが終わればあとは美術品を撮って撮って撮りまくるだけだ。
ライトマンはカメラアシストとして気を回す。

今日は初日にしては人が少ないと不思議に思っていたが、どうやら今日はプレスリリースらしい。
周囲に注意はするものの、安心して作業できるため非常にありがたいものだ。

撮って撮って撮りまくって、その日の取材は終了した。
街中でのインタビューもあっさり終わり、何事もなく堂々とした顔で帰りの車に乗り込んだのだった。

終始、異常なまでイライラを隠さないカメラマンVSフェスでテンション爆上がりのディレクターの異色のバトルを見つつ、帰局した。
あれを撮れ、これを撮れで本当に撮りまくっていた。
ライトマンはカメラマンの指示する箇所に三脚を担いで持っていくだけなので、あまりこれといったことはしていない。

「ライトマンちゃんもおつかれ!」

ディレクターからオレンジジュースを受け取った時、仕事ができないと見たと思ってしまったことを、北沢は恥じたのであった。


時は経ち、ハレハレアートフェス最終日。

この一週間、本当にいろんなことが起こっていたのだ。
初日を迎え、祭典はスタートしたものの、不可思議展の展示内容で大炎上し、区長と市長が大揉めしたあげく、区長が美術館前を支援者とともにデモ行進し始めたのだ。
デモ行進が終わっても、炎上の熱が冷めないので、最終日ぎりぎりまで不可思議展は抽選での観覧となっていた。

今日は川本カメラマンとともに、不可思議展に関するインタビューと、最終日閉会の取材の2点がメインだ。

記者は150cmのカエルのような顔の遊軍の男性記者だった。

矢場杉美術館前で実際にハレハレアートフェスを体感した人にインタビューをするため、待つこと10分。
記者がなんとか話をつけて見た感想を!とカメラ前に案内するも、なかなか協力してもらえない。
正直、街中での依頼は記者の話しかけ方にかかっている。
話しかけて取材に至るまでに時間がかかりすぎたり、取材を受けてもらえなかったりすると待ち時間が増える。
早くしてほしい。

すると、美術館から3歳くらいの小さな女の子がわんわん泣きながら母親に連れられて出てきた。
せっかくだからと、親子は取材に応じてくれた。

Q.どちらからいらしたんですか?
A.少し遠いですが東北から来ました。

Q.お子さんはどうして泣いているのでしょう?
A.不可思議展の抽選が外れてしまって……。

Q.抽選中々当たらないとお聞きしたことがあります。残念でしたね。
A.はい…。私は地元で絵画教室の先生をしているんです。
国内最大級の祭典ということで、最終日ですし、せっかくだから娘もつれてやってきました。
だけど、こんな風にアートを規制するなんておかしいです。
私だって、不可思議展見たかった……。
どんなものも表現されたのであれば、世に出てもいいと思うんです。
なんだか、私も、悔しくてなりません…。

話しているうちに、母親は娘と一緒に泣き出してしまった。
しかも、雨が降ってきた。
最悪である。
他人の泣いているところに遭遇する以外で気まずいことを列挙したくなるくらいには気まずい。

「大変お気持ちの沈んでいるところに失礼しました。お帰りはお気を付けくださいね」
「はい……、ありがとうございます」

雨が降ってきたからという理由で、取材を終えたものの、撮れ高はばっちりだ。
雨からカメラを守りつつ、帰局の準備をしているその時、いかにもマダムというような女が北沢たちの前を通りかかり、

「真実を正確に伝えろ!フェイクニュースメーカーが!」

と吐き捨てて、去っていった。

「……」
「……」
「……」

記者、カメラマン、ライトマンの三人はなんとも言えない疲労感でいっぱいになり、雨の中立ち尽くし、どんよりと帰局したのであった。

そしてまた、クッキーを食べて時間をつぶし、いよいよ閉会式である。
閉会式には、主催の大谷健三郎氏と区長が挨拶を行う。
そして、最終日ということもあり、閉会式後不可思議展のプレスリリースが特別に許可されたのだ。

あんなに親子が泣いて悔しがっていた不可思議展に、興味がそそらないわけがなかった。

不可思議展のある矢場杉美術館で閉会式は行われた。
なんと驚いたが、閉会式はほんの一瞬で主催や区長等の主要メンバーが閉まるシャッターを前にみんなに手を振るだけだったのだ。
シャッターがゆっくり閉まり、ありがとうございましたという声が響いた。

そして、担当者から案内があったその瞬間に、他局の人間は一目散に走りだしたのである!

なんだなんだと思っているうちに、区長と主催の挨拶する場所には他局の面々が囲いを作っていた。
会見が始まろうとしている!
負けじとセンターに体をねじ込み、ミキサーを床に置き、ブームを伸ばせば準備OKだ。
何も問題はない、そう思われた。

そして主催が会見に応じた。
あーだこーだと会見をしていた最中、北沢に異変が起こる。

ブームがやたら重たい。

しゃがんでいる足も、ブームを持つ腕も段々プルプルしてきた。
限界が近いと言えそうなほど、汗がにじむ。

しかし、音声はしっかり撮るのがライトマンの務めである。
呼吸をすることだけに集中し、ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと吐く。

無理だ。

めちゃくちゃ重い。
普通に疲れてきた。
しんどい。

超しんどい。

歯を食いしばる。

ブームのグリップが汗で滑りギュっと音を出す。

よそのライトマンに睨まれる。

とてつもないプレッシャーに北沢は目をカッと見開いた。
負けてたまるか!

でももう限界。さすがにしんどい。

と思っているうちに、主催の会見が終わった。

安堵しているその瞬間に、次は区長の会見とのことで再びガンマイクを向けねばならない!
北沢はギリギリを生きていた。

誰も汗一つかかず、平気な顔をしながら収録に臨んでいる。
その姿が羨ましてくてならなかった。
なぜ、一体なぜこうなってしまったのか。
己だけに存在する神に問う。

………
………

何も返事はない。

力がいよいよ入らなくなってきた。
ブームが徐々に上に上に上がってくる。

これはいけないと、見かねた川本カメラマンが、後ろから割り込んでブームを定位置に戻してくれた。
しかし、定位置に戻ったことで苦痛は再び訪れる。

北沢は、もう何も考えることが出来なくなっていた。

足も手も、全てがギリギリの状態だ。

早く終わってほしい、それ以外の感情がない。

と思っていたその時、区長の会見も終了した。

のうのうと立ち上がり、次の取材に向かう他局をしり目に、北沢はゆっくりと握力0の腕と脚力0の足で生まれたての小鹿のように立ち上がったのであった。
北沢は瞬時に思った。

怒られる!と!

そう、少しでも要領よくやらないと、カメラマンは超怒るのである。
恐る恐る振り返ると、川本カメラマンは超爆笑していた。

「汗すっごいね~」

余りに惨めだったからであろう。

ふざけて握手を求められるも、握力0のため握り返すことはできない。
その様子をみて、再び笑い転げていた。

不可思議展は見たものの、握力0脚力0及び、体力0に近くなったこともあり、ほぼ覚えがないのであった。


「北沢くん、聞いたよ~!大変だったってね~」
「堀江さんお疲れ様です……」
「ずばり、敗因は『陣取り』、だね」

そう、ライトマンにとって、勝敗を分けるものの一つに「陣取り」がある。
最もいいポジションで音を撮れれば最強なのだが、今回北沢が取れた場所というのが、区長や主催の真ん前のどセンター。

ここはブームを長く伸ばしたものの持ち方を非常に迷ってしまう位置であり、しかも北沢は釣り竿のようにブームをもってしまったことも負担増につながった。
最もいいポジションというのは、話し手のすぐ横である。
横にいるだけで、持ち方が楽になり、腕や足の負担が軽減されるのだ。

堀江に肩をポンと叩かれたのと同時に、北沢はがっくりと肩を落とした。
次はうまくやれますようにと、神に祈るのであった。

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