見出し画像

あなた(たち)の人生の音楽。

「うたは闇だ。バンドは光だ!」
ボーカルの椎木知仁が叫ぶ。

数年前、渋谷の小さなライブハウスのフロアには、新潟から駆けつけたのであろう制服姿の高校生が混じっていて、彼女たちが背負っていた色とりどりのデイバッグを今でも憶えている。あぶなっかしいMCからグズグズにくずれていったライブのことも。

最初のフルアルバム『narimi』がリリースされ、1曲目の「アフターアワー」を聴いたとき、「ひょっとして」という予感を抱いた。この音楽はもっと広くずっと深く届くのではないか。その手ごたえは、やがて静かな熱を宿して世の中に伝播していった。

メジャーデビュー後の大躍進については語るまでもない。馬鹿正直なまでに傷や弱さをさらけ出しながら、それでも、いや、それゆえにマイヘアは同世代にとって切実で、求心力のあるバンドへと成長していった。

去年の武道館ライブでは、僕自身の感慨があふれて冷静ではいられなかったのだけど、先日の横浜アリーナに集まった一人ひとりの期待に満ちた表情や、会場のキャパをものともしない熱量、ライブ後の浮きたつような観客たちの会話を目の当たりにして、ああ、こんなにも多くの若い人たちにとっての「わたしの音楽」になっているんだなあ、と胸に沁みた。

一日目の開演前、横アリいっぱいの大観衆のことを遠くのある人にLINEで伝えた。ちょっと笑えるやりとりがあって、なぜか時間差でほろりときた。二日目の「卒業」でぼろぼろと泣いた。終演後に知仁くんにそう伝えたら「そんなとこありました?」と笑っていた。演奏も度量もはるかに柄が大きくなって、そのぶんだけ優しくなった正真正銘のロックバンドがそこにいた。

かつて、ジョン・ランドーは「今夜、僕はロックンロールの未来を見た。その名はブルース・スプリングスティーン!」というロック史に残るキャッチコピーをものしたが、マイヘアのライブを観るたびに、なぜかブルース・スプリングスティーンのことが頭をよぎる。突拍子もない思いつきだけど、等身大で赤裸々なメッセージや、それが一人ひとりに投影され受容されていくさまを、いつしか重ね合わせているのだ。

月並な言い方だけど「失ってから分かる」ものが、人生にはたしかにある。マイヘアの音楽を聴いていると、まるでそんな失われたシーンを眺めているような気持ちにとらわれる。もう若くはないのだけど。

あの渋谷の夜、大きなデイバッグを背負ったまま、身じろぎもせず目の前のステージを見つめていた彼女も、きっとこのアリーナのどこかにいるのだろう。

でも、いまここで鳴り響いているのは、あのときと同じ歌じゃない。なぜなら、空気を震わせる音も、差し出される声も、「いま」のあなたに手向けられたものだから。悔いや痛みを引き受けることで、つかのま闇も光も等価になる。それこそが音楽の奇跡であり、音楽がもたらす救いなのだ。

“一万回間違ったって恋や愛をやめられないさ”

恋や愛の景色は変わらないけれど、時代という書き割りは変わっていく。だからこそ「自分たちの音楽」があるのは幸せなことだ。そんな稀有な瞬間に立ち会うことのできた二日間だった。

何度でもくり返し言おう。このバンドの歌は、間違いなくあなたたちのものだ。

◎My Hair is Bad「ファンタスティックホームランツアー」横浜アリーナ2days(4/16・17 : 2019)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?