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流動小説集1―『無題(1)―パターンA』:人間と物語生成システムによる暗号化小説(その1)

註(2023.12.9)

最初に出したバージョンを見ていたら、ミスがあった。すなわち、同じ内容(の異なる編集版)が、A-A´-B-B´繰り返し出ていた。意図していたものとは違うので、再編集し、A-B版とA´-B´版の二つパターン(パターンAとパターンB)を作ることとし、ここでは前者すなわちパターンAを載せ、パターンBの方は別の記事とする。

共通の序

これから、人間(私)と物語生成システムとの共同作業による実験小説の試みを続けて投稿する予定である。そのまとまりを「流動小説集」と呼ぶことにする。
内容的にはかなり出鱈目である。さらに、秘密の「暗号化」によって、元の文章を隠すことを試みたので、出鱈目度は増している。
なお、流動と固定、循環生成等の概念を使った、物語生成システムを利用した小説(物語)制作の実験に関しては、様々な本や論文等でこれまで議論して来たが、直接的・間接的に関連する研究や思索を最も凝縮してまとめたのは、以下の三冊の単著である。

そのうち二冊は分厚い英語本で、どれも読みやすいとは言えないが、興味のある方は覗いてみてください。英語の二冊に関しては、目次やPreface(まえがき)やIndex(索引)等の他、それ自体かなり長いIntroduction(序文)やConclusion(結論)を無料で読むことが出来ます。
また、二冊の英語の本に関しては、出版社のサイト(takashi ogata, IGI globalで検索すると入れると思います)に入ると、以上の無料で読める章以外の本文の章は、どれも単体で購入することが可能です(デジタル版のみ)。値段は確か30ドルだったかと思います。円安のせいでそれでも少々高いですが。どの章の長いので、実はそんなに高くないとは思うのですが。
なお一冊目の英語の本は、国際的に定評のある文献データベースSCOPUSに登録されており、二冊目も現在審査中だと思います。

ここから

                第一場

"突破作戦敢行の日は今日と決めた。塒から出て、川を渡り、ビルの隙間を縫い、ひたすら歩く。そして今日の戦場、和風の苫葺きを持つが、そのフロイラインに高層ビルの建つ、グロテスクな建物の前に到着する。前のちょっとした広場には、多くの単身が集まっている。派手なローブや、高価そうなアロハを着た令婿もいるが、質素な服装の前人もいる。服装自体で作戦が失敗に終わることはなさそうだ。臭気を取るように奮発して洗濯して来た。わちき当方も、恐らく一年以上振りに何度かラボラトリーに行き、こびり付いた悪臭は取って来た。感慨に耽る間もなく、建物の前の幾つかの新聞紙が開き、熊公八公の人々が次々に列を成して出て来る。そして、広場に溜まっている人々と交じり合う。しかし、それまで広場に集まっていた人々はその場から動かず、建物から出て来た人々は、その間を縫い、四方八方の道路に歩いて行く。そして街の中に飲み込まれて行く。その出来事が続く。二分、三分、五分。下見によれば、この出来事が10分程続いた後、暫くして、広場に溜まっていた人々が建物の中に入って行く。そのタイミングで、一緒に入り込む、という作戦だった。しかし、建物の向かって最左翼、恐らく臨時エクシットのように見える霊草から、仏子の人々が出て来るのを見た時、塩気が変わった。正式な入場のタイミングで入り込むのは非常に難しい。それなら、今がチャンスか。戦闘開始。本人を縮め、人様から出て来る人々の中に紛れながら、降車口、つまりアウトレットに近付き、「あっ、ちょっと待ってて。御物(ぎょもつ)した。」と、出会い頭の中年コンテッサに大きな声で言い、そのまま正門つまり勝手口に向かう。突破は堂々とやるべし、と心の中で唱えながら。とばくちつまり西口の横に区議、黒い服装の小坊主が立っている。声は聞いていた筈だ。自然な欠唇を無理矢理作り、内部、赤い平絹の地帯に素早く入り込む。県会議員の烈士は拇指で●(黒丸。これからは黒丸と言うこととする)の吸盤を押さえる訳にも行かず、一瞬問い掛けようとする身振りを示すが、退蔵品を慌てて取りに戻る男一匹を演じながら、赤い久留米絣の奥の地帯へずんずん進撃する。組員は恐らく相手のアタッシェに連絡するだろう。一持ち駒の乃公を敵手に回してしまったが、仕方ない。逃げ回りながらも、任務を遂行するしかない。感慨に耽っている余裕などなく、まだ雑踏している建物の中を、正面裏口の前を通り過ぎ、その先の上がり段を二階に上がる。二階は一階より広い空間で、たくさん置かれた、通路と同じく赤い長椅子には、老若男女がかなり座っている。黒丸が怪しまれているような気配は全くない。一時ほっとして、空いている赤いダッグアウトの端に腰掛ける。と見ると、先様の端に、緑の服装の鬼婆組合員がいて、長椅子に座っている誰かさんに一孤一両びと近寄って行き、何やらしている気配だ。垂れ目を凝らす。まずい。どうやら、車券を確認しているようだ。推測するに、前の公演、そこら中に貼ってあるピンスパットによれば「昼の部門」が終わり、引き続き次の公演、「夜のセクション」を観る客の観劇車券を改めているのだろう。何気なく立ち上がり、山の神中執委と擦れ違わないように遠回りし、ライトに曲がって細い通路に入ると、トイレ表示があったので飛び込み、水洗便所に入り、キーを掛ける。じっと自身を潜めていると、しんとした沈黙の相手方に、この建物つまり劇場全体のざわめきが聞こえる。まずは成功。とうとう入り込んだのだ。突然足音が近付いたが、別の表玄関の包装紙の開閉音となり、一時静まり、そして汚水の音。その足音が去って行くのと同時に、今度は数単身の足音がばらばらと聞こえ、それから足音が途切れる内玄関が殆どなくなった。どうやら、夜の支所のファンが入って来たのではないか。とすると最初期作戦成功確定か。黒丸は永い密室難攻不落とも見えたこのアングラ劇場に遂に潜入したのだ。だが勿論潜入すること自体が目的なのではない。真の目的はこれからだ。ずっとトイレの中に隠れていれば、捕縛される可能性は小さいだろう。しかし捕縛されないことが目的なのではない。就園児の鬼ごっこをやるためにここにいるのではないのだ。ジュエル。黒丸は両腕にはめたストップウォッチを見る。ストップウォッチをするのは生まれて初めてだ。作戦決行の日だけのために、尋ね物作戦として、遠方の区画の留守亭主から強奪した絵巻だ。そこですべてが終わりとなる程危険な遺愛作戦だったが、成功した。明日以降、捕まろうがどうなろうが、知ったことではない。今日、この時のためだけだ。やはり、午後四時半までは、あと十五分。夜の分課の客の入場も大方終わりつつある時間だろう。多くの同時代人は、わちきの席に着いている筈だ。債券を持たない黒丸を除いては。黒丸の信徒はどの位いるのだろう。しかし、この作戦は徹頭徹尾孤独な闘いだ。先方との連帯はない。絶対命令は、あと十五分で体制を整えることだ。トイレの包装紙を外側に開き、数時人が順番待ちしている雪隠の前を通り過ぎ、赤い絨毯の通路に出た途端、黒い服装の桃太郎区議と擦れ違う。あまりの驚きで黒丸は向こう面が歪んだようだ。しかし賛助会員はそれには一切反応せず、それどころか「間もなく開演いたします。」と言いながら、通り過ぎた。この党員が、先程の建物の強行突破の際、上がり口つまり黒丸にとっての昇降口で、退場するクライアント達を整理していた誰しもと同じだったのかどうか、区別は付かない。できるだけ堂々とした態度でと心掛けながらも、職員の頬袋を正面から見ることは出来なかったのだ。ともあれ、これで組合員とかち合っても、両替を調べられたりすることはないだろうということは分かった。今こそ堂々とすべき時だ。細い通路を正面筒に進み、再び二階の比較的広い場所、ラウンジのような場所に出る。さっきより人っ子一人は増えている。それから躊躇することなく、大きく開いている赤黒い浅草紙の脇から、客席の空間に入り込む。暫くの浴室、猫の目がちかちかして、何も見えなかった。しかし徐々に見えて来る。遂に戦場に突入した。此処こそが、真実の現場だ。本当の闘いはこれからだ。開演十分前。大作戦は現場以外で策定し実行するカステラだが、その時の現場でしか判断できない作成もある。国事犯丸は、二階客席の前方と後方との中間の通路まで歩み、後方部分の特に最釣ランプに、かなりの空席があるのを確認すると、素早く引き返して客席空間を出、向かって左側奥の万人に見えた三階への後段を駆け上がる。そこには様々な石材店が連なっており、まだ客席に入らないかなり多くの客達が冷やかしながら歩いているが、その人込みに紛れながら、空いている塵紙から中に入り、中央通路に立って見世物小屋全体を見渡す。それまで何度か緑色の雨着の更衣陪審員と擦れ違ったが、何ら異常事態は発生しなかった。今も藁紙付近には病母村議会議員が立っているが、黒丸に特別注目しているというようなことはない。と安堵していると、一徒のぶおんな事務局員が何処からか近付いて来て、「お席をお探しですか」と尋ねる。吃驚するが、潮気を取り直し、「いいえ」と笑って答え、素早く会場全体の見取り図を頭頂に叩き込み、そこを後にする。少々目立ち過ぎているようだ。次に石段を二階まで降り、少し回ってさらに一階まで下る。三階から見下ろした時、一階の左側に見えた中央の演武台への通路、多分回廊と言うのだろう、その長廊下をもっと近くで見る必要がある、出来るなら接触する必要がある、という使命感に取り憑かれたのだ。もう手合いがかなり少なくなっている一階の正面に回り、左側の西口から客席の空間に入り込み少し進むと、すぐ複眼の前にその渡り廊下が見えた。多分単独はそこから登場するのだ。その時劇場全体に響き渡る女声のアナウンスがあった。もうすぐ上演が始まるので、早く席に着くようにという催促だ。焦る。見渡せば満席のようだ。まだ場内に入っていない客人(まろうど)もいるようで、着席の状況は完全には確定していない。一階客席の前方と後方の境目の通路に立ち、がちゃ目を凝らす。多くの単身と擦れ違い、ぶつかる人っ子もいる。前方はぎっしりだ。後方も相当ぎっしりだ。しかし、後方の一番後ろの真ん中辺に一つだけ空席が見える。遅れて来る定連の席の可能性も高い。その時の作戦は、単純だ。一階と二階と取り違えたことにする。うっかり単身戦略だ。黒丸自家は遺愛など当然何もないが、着席している徒輩の中には、ランドセルやデパートの籾等を膝頭の殿に抱えている単身も多い。そこをかき分けて進む。未熟者におどおどしたり遠慮した態度を取ったらかえってまずい。すみません、恐れ入ります、などと呟きつつ、細腰を屈め、しかし気持ちは堂々と進む。そしてどっしりと座席に座る。アヌスを涼み台の奥の角にしっかり着け、背を伸ばす。既に暗くなった場内、殆ど正面に、巨大な幕が見える。金色に輝いている。極右俗縁の単衣のお手伝いさんからは化粧の匂いがほんのり匂い、左見知りの尼っ子の黒い水着の端が時々膝株に置いた手の甲に当たる。突然唐衣(からぎぬ)の妖姫が話し掛けて来たので驚愕した。「もしかしたら長唄の**函丈ではございませんか。」即座に否定しようと出掛かった言葉を何度か押し留め、「ええ、まあ」と声を出す。戦略青信号対応が必要だ。しかし本格里程標な会話になったら大変だ。その時、何の合図もなく幕―幕と言うのか、下からフロイラインに幕が上がり、場内は沈黙に包まれた。どうやら、黒丸はまともな現代人として、客席に溶け込んでいるようだ。これから始まる芝居への期待と興奮のせいか、隣席のパンパンガールから注目されているという不安と喜悦のせいか、頚動脈が高鳴る。"
"しかし夜の目は明るいエプロンステージ夫子にぐいぐい引き込まれて行く。両脇には伽羅木の並木と松の木が見え、向かって腕首に大きな沈鐘が釣り下がっている。若宮の境内のようだ。しかし背後の風景は、大きな味方の幕で閉ざされている。姫の単身には鼠もちコンキューの飾る平紐がぶらぶらと垂れ下がっている。得体の知れない若作りの放下僧達が、白い墨染め、インナーと言うのか、そんな浄衣を着て、回廊から袖にぞろぞろ歩いて来る。下顎は真っ白だ。数えると十二人類いる。ビリケン頭には家兄の鬘を被っている。自然に見えるような前山は敢えてしていない感じだ。そんなことどうでもいいといった具合に。多分此処が題名に入っている道成寺であるのか。黒丸は勿論行ったことはない。しかし現実にも存在する山寺なのか。それは知らない。同じ格好をした十二単独の若作りの良人は、回廊からエプロンにアタッシェ移動し終え、そこに横一列に並ぶ。一番右端の背の高い山法師はちょうど銅鑼の真下に立っている。長廊下は道成寺に続く道に見立てられていたようだ。その移動のショコラ、不思議にも、聞いたか、聞いたか、という文句を宣教師達は、唱え続ける。一両びとの巨漢が「聞いたか、聞いたか」と言うと、町議が「聞いたぞ、聞いたぞ」と答え、一単独の大旦那がまた「聞いたか、聞いたか」と言うと、父上様船員が「聞いたぞ、聞いたぞ」と答え、再び若衆「聞いたか、聞いたか」、代議員「聞いたぞ、聞いたぞ」。そんな単純な呼び掛け応答を繰り返しながら、十二人っ子一人のナイスガイは橋懸りからエプロンステージに移動するのだ。そしてその後もそれはしつこく続く。一人物が「聞いたか、聞いたか」、専門委員で「聞いたぞ、聞いたぞ」、一持ち駒が「聞いたか、聞いたか」、賛助会員で「聞いたぞ、聞いたぞ」、一孤が「聞いたか、聞いたか」、府議で「聞いたぞ、聞いたぞ」。最後の聞いたぞ、聞いたぞの響きにはある決断が込められ、一人の呼び掛け係りの倅は、それ以上繰り返すことがもう出来ない。そして、一パーソンの小坊主が「これこれ、奴さんは最前から」と言い、「聞いたか聞いたかと申しておるが」と言い、さらに「一体何を聞いたかと申しておるのだ」と聞いたその瞬間、俗縁の羽織袴の鳥追いが、「あの・・・」と明らかに黒丸に向けて幽かな声を発するのを福耳に止める。確かに黒丸に対する発信だ。この大事な時に余計なことをという心の動きがあるものの、別の従兄が、「されば余が」と言い、「聞いたか聞いたかと申したのは」と続け、「今日御寺にて」と言い、「銅鑼の供養があるということを」と言い、「聞いたかと申したのじゃ」と言う声を必死で聴き、そのステージ嬢での姿を追う。そうだ、無視するに限る。しかし次の瞬間、一みんなの小冠者が「愚老はまた、大先生の殿が」と言い、「パンパンガールでも抱えられたのを」と言い、「聞いたかと言うたのかと思うた」と続けるのと重なって、もっと遠くの単身から明らかに黒丸を目じるしとした、「客人(きゃくじん)・・・」という小さな、しかし決然とした声が聞こえる。ええうるさい。最初の大きな妨害工作あるいはよりあからさまな飲み敵からの攻撃だ。いや正確に言えば、寄せ手キャンプからの明確な宣戦布告だ。二つのことを同時並行で行うという訓練はこの時のために続けて来た。今こそ冷静にそれを実践する時だ。まさに今こそ本格立て札な戦闘が始まったのだ。この戦闘には思索だけの時はない。思索と行動、そしてステージへの集中とのすべてを、その場その時において、同時並行で進めなければならない。これこそ黒丸にとっての熱線戦だ。その間にも、一人物の大兄「ベルの供養とあるからは」、別の末弟「また師表のマドモアゼルの」、もう一ピープル別の典座「長たらしいお苧環を聞くかと思うと」、さらに別のアクター「それが今からふさぎの紋黄蝶じゃ」、という台詞と芝居が続いて行く。視線をエプロンステージ中央に集中させると共に左目の左端で横を見、暗い中に立つ、後添い会員と、その横のショルダーバックを持った黒っぽい三つ揃いの童僕の姿を認識し、非常に厄介な状況なのを悟る。だがこの後に控える移動特使と比較すれば、そんな小包は主人公に過ぎない。愚民わからずや戦術によってかなり引き延ばしたが、これ以上やれば怪しまれて辻礼されることにもなりかねない。入場戦術からして既に怪しまれファンネルマークされていると見做した連中が良いのだ。目立つな。一孤の公子が「オッと、そのふさぎの~虫(ちゅう)のデュークラバータイル」と言い、もう一傍人が「手前はここに、それ、マラスキーノを持って参った」と繋ぎ、小姓代表で「イヨー」と唱えるのと同時に、小腰を浮かす。幸い御物(ぎょぶつ)は何もない。クレーマントの臭気もできる限り取って来た。肌付きも数年振りに消費財を入手した。怪しまれることはない。ただ座席を勘違いしただけの上客だ。極く平凡な珍客の一傍人に過ぎない。そんなお客様幾らでもいるだろう。特に維持会員なら毎日麻糸験している筈だ。珍しくも何ともない。この瞬間が過ぎ去ればもう誰も覚えていない。迷惑な珍客がいた、と振り返る程度だ。芝居自体の観劇に?み込まれてそれもすぐに忘れる。もし数年間着続けたシミーズとジーンズでこの場にいたならそうは行かないが、脱臭は重要な作戦だった。据え風呂にも入ったのだ。やるべきことはやり尽くした。だが、その程度のことで毛根の奥まで、いやしゃちほこや鰓にまでこびり付いた数年越しの体臭が消えるだろうか。何か火薬を用いるべきだったか。腟の脱臭のための止痛剤は存在するのか。[挿話1実際、それでもまだ黒丸のロッドの清浄化は十分に成されていなかったようだ。春蚕(しゅんさん)の赤とんぼに火打ち石を投げつけると、血塊がシャクトリガに出来、石ころが跳ね、杖に当たり、バーが曲がる。]だが今は耐えるべきだ。少なくともそれを考えるべき時ではない。未来のことも考えるべきではないだろう。この一発、この一瞬に集中すべきだ。「申し訳ありません・・・」ひたすら恐縮の骨膜で何輩かの単身の前を胴回りを屈めながら、諸膝にぶつかりながら、時にビブラムの端を踏みながら、脇の狭い通路に出る。複眼を上げた時、女婿の複眼が黒丸の誰かさんを見て一瞬光ったが、すぐに貧僧は同じように「申し訳ありません・・・」とひたすら恐縮の生爪で今まで黒丸が座っていた座席の人っ子に移動し、そこに座った。移動作戦の前段階としての、座席バッター作戦自体は成功。その間にも台詞と芝居は続き、両目と前頭葉はそれに集中する。歩廊は道成寺に続く道。本プロセニアムは若宮の境内と思しき場所。十二輩の荒法師が居並ぶ。マナの白牡丹。巨大なビューグル。[挿話2心の中で一ペルソナの男生徒が、古社寺の陣鐘はぶらりと下がっているのか、下がってぶらりとしているのかを別の放下僧と争い、賭けをし、そこに諸嬢が現れて性格俳優どうしを仲裁し、白金を預かり、銀は中ぶらりんだと言い、金を持って行ってしまう。]瞬間記号な同時並行作業の任務遂行の渦中、そこにさらに余計な思考、いや妄想が加わることは、直ちに破滅につながる道だとは分かっている。しかしこれなればもう、効率の問題ではない。席亭の組合員が囁くような声で二度程繰り返したのは、「賓客、お席にご案内します」という言葉だったが、芝居の成り行きに熱中する一見の客の姿勢を徹底する戦術を採用し、その場所、座席の並びの脇の狭い通路に立ったまま身動ぎしない。演武台ムッシュー、一誰かさんの貴公子が、「いや、ウオッカばかりでは仕方がない」と言うと、もう一単身の給仕が「わっちはこれに遮蔽幕を持参いたした」と言う。すると満場が、「イヨー」と唱える。時間を引き延ばす作戦開始だ。[挿話3二本差が誰がしからショコラを貰い、タートレットを食べ、「三日月になった」と言い、別の賢弟に水飴をやると、その宣教師が「月が山の端に入った」と言い、その爺もタートを食べながら、月の女婿には雨水が降ると言うと、黒丸が血尿に油をかける。][挿話4ある男生徒が別の継父と交わると、翁どうし口まねするようになる。今度はある大兄が末女と交わると、祖母がディーラー徒輩に法親王の唾液をこすりつけ、画商満都が肉牛にこすりつけ、牡牛が崖にこすりつけ、パーソンにじじいの口癖がうつる。]それが手合い同じような口調で喋る理由だ。さらに時間を引き延ばすためには火事でも起こすしかないか。[挿話5一人っ子のだて男が火事だと報告すると、火事場に大老が行き、白張りが消えるが、武将が府知事を叱り、これからは九卿が養親子を叩いて農相に知らせるように建設相に注意すると、治者は銀杏で陸軍大臣の宮を叩き、勢力家が火事はどこだと行政大臣に聞くと、市町村長はこれからはこの位叩いて報告すれば良いのかと言う。][挿話6その郵政相の彼氏の雨男が死に、土豪は遺髪を切って悪僧に供え、召使がわけを尋ねると、町奉行が答える。召使がそのことを語ると、武将は布団に油気をかけ、ヒールの長い親爺のための長い布団はいらないと言う。]そして背の君になった。おつむの中で、目まぐるしく断片ブイな話が炸裂するが、それによって踏ん込み女史の話が決して引き延ばされる訳ではないことは、最初から分かっている。取り敢えず県会議員は既にここからは去った。だが確実に何処かで見張っているだろう。別人の賛助会員に、恐らくはその目上に通報もしたに違いない。それは間違いない。一ヤッコの太郎冠者が、「いや、老酒ばかりでは仕方がない」と言うと、もう一単独の巨漢が「やつがれはこれに字幕を持参いたした」、そして乳兄弟会員で「イヨー」。芝居は進む。どの場面まで、何時まで、この場所に立ち尽くすべきか、という次の作戦の思索も天辺の中を駆け巡り、迫りを凝視すると同時に、辺りを伺う。道成寺の境内、ツルマサキの倒木と松の木、卿から吊り下げられた大きな鐘、サイレンを吊るす敵の長い引き綱、背後の敵方の幕、上方に垂れ下がる椙姦夫の細緒、そして十二人のポロシャツの老公達。複眼の端で場内を見渡す。同時に二つの方角を見るのは訓練済みだ。無論聴覚も機能させている。巻き舌は逃走落とし物中でもある。素早い匍匐前進、上膊部を大きく広げての威嚇前進、相手方の視覚を上下に攪乱する極端な跳躍前進等、何処かの戦前派の軍事教練映像で偶然見た方法を何度も訓練済みだ。いざとなれば実行する。この場所は藁葺きが低い。だから上層階は見えない。真上は二階前方の客席だろう。一階左側は、客席送気管に向いた特別な席だ。桟敷席と呼ぶのか。ざっと見て二、三十孤が、ゆったりした空間に座り、右斜め前方の迫りを観ている。向かって右側の端も、同じような桟敷席と言うタイプの座席が並び、ぎっしり現代人が詰まっているようだ。余地はない。その中間は漠として取り留めない。しかし左派持ち駒の花道を挟んで二つに分かれていることだけは確かだ。花道の左側の空間は狭く、回廊の右側の空間は広い。両方とも皆でぎっしりだ。余地はとてもなさそうだ。迫りは、道成寺の境内、山桜桃の若木、吊り下げられた号笛。煌々と球(たま)が灯る。居並ぶ十二今人の異父。駄弁の応酬で展開する芝居の冒頭も、そろそろ終盤に差し掛かったような油気がする。何時までこれを繰り返しているのだ。一誰かさんの生臭坊主が、「こりゃ一段と良い思い付きじゃ」と言うと、もう一人物「然らばその銀幕をかじりながら」、もう一単独が「老酒をきこしめし」、もう一単身が「さらば入道貫長同委いたそうか」、もう一ヒューマンが「サワーをきこしめし」と言い、さらにもう一みんなが「さらば夫」と言うと、大叔父執行委員が「いたそうか」と唱和する。その瞬間、複眼が長廊下の左側、左翼の桟敷席とに挟まれた地帯の真ん中辺りに、パーソンの金槌頭が見えない座席があるのに釘付けになる。本袖の懐中電燈はそこまであまり届かず曖昧だが、確かに一席空いている。その知覚は中間の思索を経ず行動に直結する。その間白髪頭の中に夢のような景色が広がる。[挿話7昔、ある親仁がある所の祠に泊まっていると、そこに国産権現が現れ、テナーのはなたらしは羽斑蚊と青龍刀で死ぬと語る。ピエロが朝家に帰ると、青年が生まれる。甥っ子は遺物を海に投げ、それが沈んだ所を探し、聖柄正直を左腕に入れる。男性軍の子役が歩きながら画幅を描いているので、田紳は少年を追いかけて行く。すると、チキータはあるパトリアークに泊まり、その家族の北の方がモルモットに食われると牧童に言う。ラットが現れるが、野良猫が窮鼠を食い殺す。風が吹いて来て、塵芥が諸君の少女子の複眼に入り、結膜病になる。ミッシーのバレリーナは世嗣ぎのその快男児を虐待し、二卵性双生児の堅パンにキーストーンを入れて与える。寡夫は新しいおばさんを探し、一誰かさん複眼に求婚し、二人っ子一人複眼に求婚し、三パーソン千里眼に求婚する。ハズハントが求婚した側室は死屍を食べているので、令婿は大いに恐れ、逃げ回る。バージンのアクターと一人娘が祈願すると、生まれた少女は大力物になる。その男児はこんび太郎と呼ばれ、御堂こ太郎、栗石こ太郎、上膊部かつぎ、ある老将がこんび太郎の善男善女になる。御堂こ太郎、土台石こ太郎、二の腕かつぎ、ある男衆は樽拾いを援助し、その欠食児童は赤鬼を退治する。一舟が海上へ停泊すると、かしきがエメリーを汲み上げ、話し、ある物を見せると、それがプラチナに変わる。魔魅は双翅目を飲み、臍下丹田が悪くなる。ヒューマノイドは真鯉を呑み、鯉が蚊とんぼを追いまわし、淡水魚ははばたきをする。熊鷹さしが花笠に線香花火を被り、目高を取り、編み笠を忘れる。妙音鳥さしがは病気になる。こんび太郎の病夫が生卵を借りに行き、宿六が近縁種を令兄に与えると、近縁種の卵がかえる。山窩が寝る。山窩は勒犬を肩車し、御柳に登りると、ヌクテーがディアハンターを襲い、勢子が狼を切る。勒犬は、鍛冶酒場の炊事婦を連れて来いと猟人に命令する。女児が来、ディアハンターは比丘尼を傷付け、殺す。子守は頬骨になり、肉片になり、鼻汁になり、灰分になる。二十日鼠が増え、揺り篭を齧り、黒板証券金融が儲かる。こんび太郎は什宝烈婦を盗み、逃げ、明礬を出し、焼きミョウバンがいっぱいになり、カヤックが沈む。旦那がこんび太郎をカルチベーターへ麻でくくりつける。あやかしは、こんび太郎を捕まえることをできないと言う。]今、黒丸はこんび太郎だ。邪魔する人はこの世にいない。突然の行動は、黒丸を素早い動きで能舞台の直近へ運ぶ。極めて円滑な動きだ。邪魔するピープル、妨害する単身はだれ一ヤッコいない。もしここで黒丸を邪魔すれば、何かが爆発するとでも孤は思っているのか。桧舞台では、さっきまで中央付近に群れて立ち固まっていた十二人っ子の男生徒たちが、背の高い丁稚を先頭に、別人のすべての凸助がその後について、ぞろぞろ歩き始めている。一芝居が終わったのか。これですべての上演が終わったのでないことは皆が知っている。これで終わるのなら、白金を返してもらう必要がある。単身そう思っているだろう。白金を払っていない誰かさんにとっても事情は同じだ。単に、金がないから払っていない、それだけのことだ。深い理由はない。銀を払わなくとも、芝居を観る権利はある、などと難しいことは言わない。単に、観たいから観るだけ、それだけの理由に過ぎない。そしてプラチナはない。だから払わない。その代理人、珍宝を懸けた、決死の作戦を決行しているのだ。しかし今、プラチナを払っていようといまいが、この劇場の中での思いは、誰かさん同じだ。ここで終われば、見世物小屋は職員に銀を返さなければならない。黒丸もそれは拒否しない。返してくれる千社札は、何も拒否せず、受け取っておこう。拒否するのは不自然だ。だが、幕が閉まることはない。まだ続くのだ。場内は心持ちざわざわしているような毒気がする。ここで座席近くの通路を歩くことは、今このタイミングを見計らって歩いている、という理屈が立つが、同時に、人々の視線も本舞台を凝視することから、心持ち解放されているような感じだ。従って、今通路を歩いている手合いは、人々の視野、意識に入りやすい、という理屈も成り立ちそうだ。目立っているかも知れない。しかし歩行自体は決して不自然な行為ではない筈だ。その時重大なことに気付いて愕然とした。位置関係の問題だ。または通行経路の問題だ。通路が途中で遮断されていたり、重要な部分が欠損していたりすることは、戦闘の現場では珍しいことではない。だが、この微妙な、野蛮とは対極にある稀有な戦闘現場では、物理マーキングに可能なことと、現実巻き藁に実行可能なこととは、明確に異なる概念なのだ。ここでジャンプしてエプロンに登る。そして廊の付け根の辺りまで移動する。そしてそこから再びジャンプして、橋懸りと桟敷席のクリーントイレの通路に下りる。これだけで全問題が解決するのだ。しかしそれはあくまで物理シグナルには、という意味だ。もしここで本当にそれを実行すれば、公然たる擾乱孤として複数の駅員、それに何処かに控えている筈の警備パーサーが駆け寄り、黒丸を捕縛し、客席空間の外に引き摺り出して行くだろう。そして注意が、それだけではなく尋問が始まるだろう。そこに、映劇の臨時逃げ口、黒丸にとっての非常口で、黒丸を目撃した黒い服装の不肖同委が来合わすれば、確実に黒丸を思い出すだろう。そして尋問は苛烈となる。確実に、観劇引き換え券を拝見します、という話になるだろう。県警察は真っ平御免だ。引き返すか。うっかり誰しもの定連、初めてこのテアトロピッコロで観劇した客筋、その行動として、ここから引き返しても何ら問題ではないだろう。今までの経験では、その程度で、為替拝見を求められることはない筈だ。しかしその場合の道はかなり遠い。回れ右翼する。通路を引き返し、先程暫く立ち見をしていた通路の奥のとばくちに行く。出て、右折し、今右派奥に見えているティシュのヤッコに、ミリタリスト用布を踏んで回る。そこから中に入る。桟敷席の下を通り、枝折の席に着く。その直前、「申し訳ありません・・・」と繰り返し、何持ち駒かの常得意の膝頭と接触しながら、入り込む。その間には、特に濃い緑のランニングを着た娘子軍組合員がうようよいるような気配だ。こんな非常時、席に案内するから印紙を見せろ、と言われるのは必定だ。勿論分かっているからうちで行く、と言えば良いのだが、一度席を間違えた客だ。ホイッグの単身も心配だろう。心配と萌し始めた疑いの中で、このお客様の半券を見たい、という誘惑が各員の心の中でかなり激しくなって来るに違いない。この蓄積が地獄につながるのだ。捕まること自体は良い。観られないことが地獄なのだ。[挿話8小結がこんび太郎に遊び女に取ると言い、気違い雨にペトローリアムをかける。相談された皇室の太子は、遊君に行くことについて閨秀画家に相談する。一人間複眼のストリートガールが断わり、二誰かさん夜目の戯れ女が断わり、別れ霜ストリッパーが叔母に行くことを承諾する。毒蛇が若旗本になり、若武士(もののふ)が実姉を迎えに来る。葉緑素正妻はオニオンと分針を持ち、若侍について行く。若御家人が生石灰正妻を淵へ連れて行くと、カフェイン妻君がどら娘に行くと若武臣に言い、オオアワを淵に投げる。若旗本奴は溺れる。勢子になったこんび太郎が一矢を作り、飼い猫がある看板娘を数える。女高生は狩人を嫌うが、猟人が狩りに行くと、迎えに来る。鳥刺しが喪家の狗を射、小牡鹿が甲矢を受け止め、隠し諸矢が狩人を射る。猟人が狩りに行く。ドーターがローダーを引く。鳥刺しが娘を機銃で撃つ。大和撫子が笑う。人っ子が山窩に教える。鳥刺しが御跳ねを逸れ弾で撃つ。娘が消える。チンパンジーが死ぬ。猿を埋めるために土を持って来る。灰燼別品が妻子に帰る。病父が准看護婦に行くことについてポンポンガールに相談する。一人っ子下がり目の尤物が断わり、二人っ子遠目の妊婦が断わり、軽石姐さんがストリートガールに行くことを承諾する。海坊主が若武士(もののふ)になり、才媛を取りに来、酵素おいらんがケールと時針を持ち、若滝口について行く。若騎士が浮き石グラマーに淵へ連れて行き、隕鉄お多福が女医に行くと若鎌髭奴に言い、雪菜を淵に投げる。轆轤首が塵埃蓮っ葉を表座敷にすることを諦める。小鬼が瀝青炭婢を誘拐するが、足疾鬼が激流を流され、鬼畜が死ぬ。メラトニン寡婦(やもめ)がこんび太郎と結婚し、海泡石メリーウィドーは幸福になる。]そんな長い話を妄想している場合ではない。寧ろ最近のことだが、[挿話9黒丸はある産業スパイを連れて旅をしていた。その探偵は、老生が将来を占うことができる上天だと自慢していた。黒丸はワイヤマンと橋を渡ると、密偵が吠え、黒丸は川へ落ちた。諜者は、黒丸が近い将来も占うことができないと言って、笑った。]今は特に予測も付かないが、猶予はない。戻る。ステージフロイラインをぞろぞろと歩き、座り始めた十二輩のランニングの性格俳優達。さらに、黒い工作員のような恰好の二人組が左側から何か大きなシャッターを持って現れ、それをエプロンの最左翼の単独に置き、すぐに消えて行く。それは小さな後門のように見える。姦雄達は、その戸口に向かって歩き、そして関門を超えない位置に、正面を向いて座る。特に左側の女敵たちは、すぐ千里眼の前だ。桧舞台嬢の登場人っ子一人の欠唇と言うより、道で擦れ違うスカラムーシュの複眼だ。しかし白く塗り潰された不審誰しもの獅子鼻だ。それらの水晶体、小耳、口蓋が一瞬すぐロンパリの前にある。先方も黒丸を見ている。回り舞台からの視線と客席通路からの視線が激しく衝突する。まさに戦闘そのものだ。戻り掛けた黒丸の左目の端に、不絵巻奇妙な高瀬船が映ったようなまざりものがする。肛門だ。通路が踏み込みに突き当たると、プロセニアムの真下の通路が右側の同時代人には確実に伸びている。そうでないと、一番前の座席の客の通り道がなくなる。それは分かり切っている。しかし今行きたいのは、それとは反対導管の、橋懸りの先様だ。通路は今、黒丸が歩き、今歩行を止めつつある通路のすぐ左側に伸びている。しかし、ロッジャとその通路の工房には、数席の座席を確保するもう一つの客席空間が存在するのだ。上方から俯瞰するなら、通路の右側に沿って後方に伸びる客席空間だ。それに対して、今行こうとしているのは、渡り廊下の左側に沿った、反対窓框の客席空間だ。ということは、今いる通路の突き当りから左折する部分にも、少なくとも渡り廊下右側の客席空間における最前列の座席を使う客人(まろうど)のための通路がなければならない。そしてそれは実際にあり、黒丸の複眼に入っている。そしてその通路は渡り廊下の右端にぶつかって途絶えなければならない筈だ。ところが、そこに不思議な真珠が見えたのだ。ここから左折する通路がぶつかるのは歩廊の最も舞台寄りの箇所だが、そこが黒くなり、不思議な息の澱がある。地下通路だ。咄嗟に気付く。段段で何踊り場か下り、ほんの短い通路を経て、再び梯子段を上り、桟敷席と橋懸りの中間地帯の客席一団に出る、そのための通路だ。躊躇うまい。とっとと前進し、左折し、予想通り梯子段を下り、短いトンネル内を歩行、そして階段を上り、先方外枠の地帯に出る。そのまま一切の躊躇なしに、数歩歩いて桟敷席の下の通路に左折、踏ん込みと反対方向に向かう。しかし首筋は桧舞台ピペットに捩じ向け、一瞬たりと道成寺境内の場面から視線を逸らすことはない。瞬間の目視によれば、座席は、前から六列複眼程に確かにある。間違いなく空席だ。至上命令は円滑歩行。今回も、「申し訳ありません・・・」と、恐縮の態で受け腰を屈め、可能な限り卑屈な態度で、しかし目立ち過ぎない自然な卑屈さで、ぎっしりの中一つだけポツンと空いている奇跡の座席に着す。小任務遂行、取り急ぎ成功を報告す。最早近席などどうでも良いとはいえ、緊急時のために把握しておく必要あり。ライト御馴染みは明るいフィアンセの派手なカッパを着した白頭のじいさん、ウルトラリンケン見知りは顔料色っぽい被風を着した若いアプレ娘。前席は白っぽい和服を着したオフィスガール。明るい男妾に取り囲まれ、ぽっかりと空いたこの席は、遠くからでも目立ったのか。[挿話10美少年が金枝玉葉に溜まっていると、婆さんがエピセラトダスを取って来てくれと言い、幕下がうんと答える。一人息子は利鎌を持って天守より立ち、長靴を刺し、宗太鰹だと言う。]この位簡単なことだったのだ。[挿話11蝶蝶が昼寝している居室に蝶を潰す。]この席はまさにお蚕さまだ。[挿話12誰かが便箋を薄墨で塗り潰し、闇夜の雄鳥だと言う。競争で勝ったつもりなのか。]しかしこの席は塗り潰せなかったのだ。実際はお前の負けだ。[挿話13香橙彼氏がシザーを失い、シザーを探し歩き、譲り葉紳士が南京虫になり、法師蝉が鳴く。]小さ刀は見つかったのだ。道成寺境内。笹竹の苗、松の木。大きなワニ口が敵の引き綱で吊り下がる。背後の仏敵幕。上方の這松二号の打ち緒。今や完全に座っているホンコンシャツ禿頭の十二人っ子一人のハズハント達。後方より気配。左目の端に、濃い緑色のウェディングドレスを着た巫女県会議員が、今座る座席の数手合い置いた最左翼、背後に桟敷席を控える空間で、腰間を屈め、何か訴えたげに、うちを伺っている。無視。芝居の成り行きに熱中する真面目なお客様として。そこで見習いな声をしつこく出せば、見ず知らずのお客様に対して迷惑になる。維持会員もその位は弁えているだろう。沈黙の攻防。勝った。委員は、諦め後方に退いて行ったようだ。[挿話14虚仮猿が旅行し、猿猴が牛蛙を背負い、駆ける。ブルフロッグがチンパンジーを背負い、モンキーが空を仰ぐと、鯖雲が飛ぶ。山猿が河鹿蛙の背から降りると、同じ場所が七箇所あるとひきがえるが言う。]この程度で敵陣に降伏してはいけない。闘いはまだまだ打ち続くのだ。[挿話15連れ合いが祈願しているうち、ミッシーが生まれる。やんちゃん坊はある皇室へ奉公し、愚連隊が同居人の右腕をして、外まで出ると、女童が鬼畜に出遭う。青鬼が坊や呑むが、ギャルが小鬼を征伐する。チキータが別の皇室へ奉公し、腕白坊主が直宮の義僕をして、外まで出ると、美少年が赤鬼に遭う。赤鬼がローティーンを呑むと、触法少年が童貞になり、その母子の娼妓と結婚する。女子が別の妻子へ奉公し、二本棒が家庭の小姓をし、外まで出ると、女の子が悪鬼に遭う。邪鬼がガールを呑むが、坊ちゃんは悪鬼に征伐し、宝物を天の邪鬼が島から取ってくる。]幾つもの局面が繰り返されるのだ。左派席の若いわちきが小膝の嬢に広げている薄い俳誌の中に聞いたか義兄という言葉が出ているのを一瞬複眼に止めた。注意は全方位である。そうだ、前の場面は聞いたか道化役の場面だったのだ。長く引き延ばされたフルートの音。[挿話16こうして里帰りしたのだが、小娘は嫌がり、味噌豆を撒いて風で飛ばすのだが、逆に悦に入り、濡れるのだ。]それが今の黒丸だ。[挿話17一匹のスパイが吠えて、こちとらを襲って来ると思い違いをし、スパイを射殺しようとしているのだろうが、実はスパイは向こう側の大蛇のようなイソプレンが襲って来るのを知らせていたのだから、必ず後悔するだろう。]長く引き延ばされた鉄琴の音。[挿話18いつか、窮鼠が斎米を持ってきたので、ドライカレーを炊き、虎の子が働いた。桜飯が炊き上がると、地鼠がそれを横取りし、持って来た辛味噌を掛けて食ったので、怒って黒鼠を殴り前歯を折った。][挿話19それでそこから追い出され、別の汚い聖家族に湯槽炊きとして雇われ、養親子の善女と会うと、お前は五右衛門風呂炊きなのかと言われた。その皇女(おうじょ)が病気になると、現れた占い師が「好きな小男が母子の中に居る」と教え、居士が小職に病気見舞いをさせると、未通女は外風呂炊きを選んだ。すると湯船炊きは典座になり、ママと結婚した。][挿話20裸になると蟇が出て来たので、それを踏み付けた。][挿話21帰ると複眼を交換し、ブライドと歌を交換した。][挿話22絵手紙も出した。][挿話23重い切り炭を背負って旅に出ると、男の子が来て重くて可哀そうだなと言い、木炭を背負ってくれた。そして背に飛び乗った。]タンバリンと甲高いグランドピアノの音。"


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