ゼンショー批判と禅

ゼンショーは金沢出身らしく、禅の意味も入っているらしい。
勝利し続けることと禅は相成るものか?
勝利に拘ることは世界を矮小化し狭めているに過ぎない。
せめて禅に勝利的感覚を近づけるなら、万能感や融通無碍といった感じを目指せばいいのではないだろうか?
例えば将棋では、競技し、勝敗はつくが感想戦がある。競技のために努力し準備し戦略を立てる。そして感想戦でチェックしアナライズし談笑する。勝敗はすでに忘れさられたかのように。こっちのほうが禅的な感じがある。
またPDCAサイクルは勝敗すらない。これも過程では勝敗を経ているはずだが重要視されてない。ゼンショーより禅的である。
ゼンショーよりPDCAサイクルの方が概念としては美しいよな〜と思う今日このごろ。

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