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数値にはあらわれない難聴の進行

楽しく、かj宇あるに、弱視難聴の日々を発信しております奈良里紗です。

検査っていくと数字で現状をくっきり教えてくれるのでいいですよね。
コロナの陽性・陰性、こういうはっきりした判定はある意味検査をすることで1つ悩みがクリアになりますよね。

視力や張力も検査はできるものなのですが、弱視と難聴のある私からすると、結構、あてにならない数字だとかんじています。

難聴に関しては、私は障害者手帳を取得できるレベルではありません。

つまり、自称・難聴ということになります。これはけっこう、つらいものがります。

聴力検査をやると、張力がデシベルで具体的に表示されます。

それをみると、私の聴力は正常範囲になってしまうのです。

もちろん、進行しているかどうかチェックしたいと思って検査をしても、数値はほとんどかわらないので、
「最近、きこえにくくなっているようにかんじます」
と訴えても、
「気のせいでしょう」
で片付けられてしまいます。

少し大きめのホールでマイクを使って話している人の声が、依然と比べて断然聞き取れないのに、張力低下は気のせいの範囲というのは、個人的にはおかしいとかんじるのです。

障害者手帳がないということは、聴覚障害に関連する様々な支援を利用することはできません。

もちろん、盲ろう者通訳介助を受けることもできません。

つまり、聞こえないけど、なんとかしなくてはならないのです。

それゆえ、聞き取れた内容から類推して物事を判断するしかないのです。

個人的にはかなり聞こえていないほうだと思うのだけど、張力検査では聞こえている人判定されるので、やっぱり、自分がおかしいのかな、そんなふうにかんじてしまう人もいると思います。

私は幸いにしてこの分野も含めて研究をしたり、聴覚障害関連の専門の人との交流があるので、自分がおかしいのではなく、自分の状態を正確に検査できる方法がまだ開発されていないだけと認識することができますが。

かつて、私は心因性視力障碍と誤診されていました。

このときはとてもつらかったです。

そして、障碍者として認定されることに安堵すら覚えたことがあります。

今もなお、今の医療的な技術では障害があることすら検査できない人間の不思議なしょうじょうはたくさんあります。

それを詐病と決めつけるのではなく、本人の心の声によりそってほしいと思うのです。

誰かひとりでも、自分を信じてくれる人がいるだけで、きっと、気持ちは大きくかわると思うので。

それにしても、よく聞こえなくなったなぁ、この耳は。

次はどんな素晴らしいテクノロジーにおって、新たな世界へ導かれるのかわくわく。

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