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三恵ちゃんの「み」は三輪さんの「み」

 さんりんぼう、を教えてくれたのは三恵ちゃんだった。

さんりんぼうとは、三隣亡で、わざわいが隣向こう三軒まで影響するというとんでもない凶の日のことで、よくろくでもないことがあると「今日はさんりんぼうだ…」とつぶやいていた。

 彼女は私が勤め人時代の同僚で、可愛い、優しい、いいとこのお嬢様というあらゆることを備えた素敵女子だった。
 いつもにこにこしていて、誰にでも優しく、対応の作法も完璧。字もうまくて、あて名の代筆をよく頼まれていた。困っている人には親切で、困ってない人にも親切で、みんなの憧れの的だった。

 彼女のことで忘れられないことがある。
 車通勤だった彼女が「駅まで乗せてったげる。玄関で待ってて」
 と言うので待っていたら、しばらくしてごつい車が走ってきた。
 日産の高級車、ローレルである。
 これは絶対違うだろう。三恵ちゃんなら、マーチとかラパンとか、そういう車のはず・・・と思っていると、窓から顔を出して手を振っているのは紛れもなく三恵ちゃんであった。
「毎日このローレルちゃんで通ってるの💛」
 と優しく微笑みながら、がしがしとサイドバーを操作していたのを忘れられない。
 最高に可愛くて優しくて、車だけがおっさんカーな三恵ちゃんであった。

 三恵ちゃんの名前はご両親がつけられたのだけど、ひとめで神様のご加護をもらっているのがわかる。
 三恵の「み」は、三輪さんの「み」だ。
 奈良の桜井というところに、三輪明神という神様がいらっしゃる。
 大神神社と書いておおみわじんじゃと読むところにいらっしゃる。
 ここには「三輪山」という山があり、山そのものが神様として祀られている。社殿はなく、三ツ鳥居という変わった形の鳥居が有名なのだけど、この鳥居が扉のような役目を果たしていて、禁足地である三輪山との結界になっているのだ。

 この鳥居、明神型と呼ばれるよくある鳥居を三つつなげたような形をしていて、中央の鳥居には本当に扉がついている。
 そもそも古代の日本では、こういう山や石を神としてあがめることがスタンダードだったのだろう。神様は人間の世界に常駐しないものなのである。だから、神様の力が欲しい時は、その都度お呼びして降りてきてもらった。降りてきてもらった時にいてもらう場所を「屋」と言った。そこに敬称をつけて「御屋」とした。お宮はここからはじまる。

 でもそのうち人間はさみしくなってしまった。御用がすんだら神様はまたもとの世界に帰ってしまうのである。神様にぜひとも常駐してほしい。そこから神様がつねに住まう場所を作った。それが現在の神殿とか本殿という場所である。御屋・ミヤから部屋の代わり、やしろ…社へと変わった。

 なのでこの大神神社(おおみわじんじゃ)の在り方は、とても古いものが残っているということなのだ。日本の神社の初期の姿を垣間見ることができると言っていいと思う。
 そしてこの神の山、三輪山は登ることができる。
 かつては禁足地ということで入山はできなかったが、近代になってから門戸を開いてくださるようになった。それでも神のお山には違いないので、色々制限はある。

 ハイキングでないので、水分補給以外の飲食は禁止。おやつもダメ。バナナもダメ。目的はあくまでお参りなのである。しゃべるなとは言わないけれど、キャッキャウフフしてはいけないのである。「ピークニックピークニック、やほーやほー」なんて歌うのはもってのほかである。
 
 お山の頂近くには、ごつごつと岩が噴き出すように盛り上がっている場所がある。こここそ、信仰の原点「磐座(いわくら)」である。山が神である、石が神である、ということを言うと「アミニズム」的なことを想像する方が多いけれど、アミニズムというのとはちょっと違うんだよなー。という違和感が隠せない。そんな時この磐座を見ると、なんとなく古代の信仰が見えてくる気がする。
 山そのもの、石そのものに神が合体しているわけではない。神はこれらの上に座っているイメージ。「磐座」は地中から出てきた岩石の一部なので、まさに神様が座っている場所・・・に見えなくもない。少なくとも、古代の人々がそれを神聖視した気持ちが分かるような気がする。その磐座を目で見ることができる場所はそんなに多くない。

 三恵ちゃんは信二さんという方と結婚して、今は二児の母として周囲を幸せにしている。さすがにローリエはもう運転してないと思うけど、車の趣味は変わってないと思う。信二さん、二ってことは次男さんだと思っていたら、そうではなかった。長男さんだったのである。彼が二の字をもらったのにもきっと意味があるのだろう。三恵ちゃんのみが三でなければいけなかったように。

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