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さらばコドモ時代

先日私は岐阜の山中に「山籠り」と称して新しい脚本の執筆活動の傍ら精神統一の修行に励んだ。
修行と言うと極寒の中滝業でもしたのかと思われるかもしれないが、私も所詮現代人。そこまでの根性はない。しんしんと雪が降りしきる中、適当な東屋を見つけてそこでぼんやり真っ白とも灰色ともいえる世界を眺めて瞑想などしていた。靴を履いたままの半跏思惟、これは大変落ち着く。無論それでも相当な寒さであったが。確か現地は−10℃は下回っていたと思う。余談ではあるが「山籠り」最終日の昼は暖かかった。自分も確かにそう感じたのだが、その土地の奥様と話していると「今日は−2℃だから暖かい」だそうな。全ては相対的な話である。

さて、これからはその「山籠り」で得た境地、見解、理解について。
得たものは沢山あった。それ故に私も生きた時間と金を使ったと確信して嬉しく思うのだが、今回はその中の一つ「コドモ時代の終わり」について書いていく。
19年年末から今年の年始にかけて身の回りで事件が勃発、自分の身の振り方について考えなければならなくなった。就活時の数倍は真面目に冷静に自己分析をした。そこで一つ必要と感じたことは、「甘えからの脱却」である。
「甘え」といってもとても抽象的であるが、自分の甘えとは何か。それは今まで自分のポリシーでもあった「それなりに、程よく」ということ…かなぁと最近は思っている。
「それなりに」というのは自分の防衛策であった。全力を出すと単純にしんどいし、報われなかった時はもっと辛い。ならば最初からそれなりに頑張る、ということである。それは勝手に期待して勝手に落胆の表情をわざわざ見せてくる周りの大人たちに対しての予防線でもあったのだが。

飄々と生きる。
しかしいくら全力であることを「それなり」にしたところで、その「それなり」に気づく人はいる。それに気付けば、次に現れるのはその行為、私に対しての不信感、失望、あとは何があるだろう…?
要は私は適当なヤツだったのだ。確かに、性格が暖簾に腕押し…ではその人に何かしようという気はしだいに失せるというものである。

思えば、(ありがたいことに)相談を持ちかけてきてくれた相手に私は「俺はあまり正解が言えないし、適当なことしか言えないけど」と前置きをしていた。これも逃げの一手である。どこまでテキトーなんだ!この無礼者め!

とはいえ、この「それなり」なあり方が今までの私を作ってきたことは事実である。それ故、その過去の否定とは悲しいかな今までの自分の否定である。以前の私なら「そんなダメな過去すらも肯定して受け入れろ」くらいに言っているかもしれない。
確かに肯定により光明は見える。それは間違いない。だが、人の成長に必要なのは肯定だけではなく否定も絶対にある。むしろ否定によって成長すると言ってもいいくらいに。何故か。それは歴史がそうだから。

歴史とは人の営み、人の総意ではないかと思う。
あるあり方が古く、時代に追いつかなくなってきた結果、いつもそこにはその現状を打破する者がいた。彼らは旧体制を否定することで新しい時代を築いてきた。ならばそれは一個人レベルに落とし込んだ話でもそうなのではないか。新しい時代、すなわち「オトナ」を迎え入れるために甘っちょろい意識を持った旧体制、「コドモ」は否定しなければならない。全ては自分の成長のため、誰も傷つけないため、新時代のため。

歴史を学ぶ意味。それが今回一つ見つかった。それは歴史を通して「歴史」を学び、先を読むためなんてそんな大きな話ではなく、人の生き方の道標を知るためなんだろうなと思う。歴史は人だ。人は歴史だ。

今私の中で旧体制の肯定と否定がせめぎ合う乱が起きている。しかし私はこの戦に否定派として勝利してみせる。そしてその先にある未来を肯定してやる。これは私の覚悟だ。
その覚悟と歴史への敬意を込めてもう一度言う。

さらばコドモ時代。

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