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偏愛バトン 復路の1/問うて、応える、営み。

これはカンボジアに暮らすMai Yoshikawaと
ルワンダに暮らすMasako Katoの往復書簡です。

思いもかけず、包み隠さぬ繊細なナマモノみたいな偏愛バトン1をいただいた。

彼女が愛してやまないイミゴンゴ*の白と黒を映したような色白のお顔と黒髪のコントラスト。
したためられた文章の向こうに、その端正で涼やかな顔にちょっとの緊張をのせて、内省の階段を一歩ずつ降りていくマサコさんがいる。

これは・・
綺麗な、それっぽい言葉を重ねて受け流していいやつじゃないじゃない。
まあ、そんなことができた試しはないのだけれど。

その真剣さを真正面から受け取って
(というか、気がついたらガチンコタイマンの相手に選ばれていたw)
果たしてどう返そうか、どういう自分をこのリングに上げようか、と数日、折に触れて書簡(実際には携帯)を手にとって、読み返しては置いてを重ねました。

テニスだって、返すボールで次のショットが変わる。
敵でも試合でもないから駆け引きはないけれど、復路の空気はとても大事。

こういうときは、おなかに聞こう。
本当に大切なことに出会うのに、頭はだいたい繊細すぎる。
余計なことが次から次に溢れでて、あっという間に迷子になる。

今、湧き上がってくるものは、なに?
椰子の木を下から見上げて、あぐらをかいて、じっとおなかの奥に聞いてみる。
隣の家から流れてくるクメールポップスと、垣根の植え替えをするスタッフたちの笑い声を聞き流しながら。

ああ、そうだ。
まずはこの往復書簡の始まりからいこう。

書簡の始まり
この半年くらい、ずっと何かが足りないと思っていた。

2020年の終わりからカンボジアでもじわじわと市中感染が広がった。
首都との行き来がある側の人間としては、当然、村に行くのを自重する。
行くといってもほんとに限られた、いつもの、ほとんど家族と言っていい人たちを訪ねるだけ。
以前のように気ままに、村のなかをぶらぶらさせてもらうことはない。

同時に不思議なご縁で引き継ぐことになったホテルをなんとか前に進めるため、気がついたら目の前の必要なことだけに集中する日々が続いていた。

ある日、頼まれていたレポートや企画書の提出が奇跡的に全部終わった夕方6時。
机の前で、ふーっと息をついて。
「他にやること、何も浮かばないな」と思った束の間の空白。

暗くなりかけた部屋のなかで、思わず背筋がゾワッとした。

違う・・何かが違う。
足元の石を避けながら道を歩いていたら、
全く見覚えのない場所に立っていたような怖さ。

奇しくもこの戦慄の直後、マサコさんからメッセージが届いた。
時差5時間。夜型だという彼女と、息子のおかげで朝型になった私。
あちらは夜、こちらは未明。そんな頃に遠めの地球からきたメッセージ。

往復書簡という古風な響きと最後の一文。
「これが何なのかまだ不明ですが、思いつきを置き逃げします。」
これに、まだ朝陽には早い部屋のなかで、一瞬心が未来にさらわれた。

今目の前にある光景がサーッと割れて、
その向こうにいる自分たちの背中が見えるような感覚。
ワクワクすることが生まれようとしている。
そして、それはとても大切な何かだと、もう私は知っている。

この先に何があるかわからないけど、この道を行ってみたい。
早速電話で構想を膨らませ、この往復書簡が始まりました。

足りなかったものの正体は
かつて、つまりコロナウイルスが発見される前、私が今暮らす地域を訪れる人と一緒に、村に暮らす人たちを訪ねていた頃。二つの異なる世界が出会うとき、そこには必ずなにかはっとする発見があった。

違うからこそ生まれるはっとする瞬間に浮かび上がる「なぜ?」という問い。
そのたびに問い、その場にいる誰かが応え、また問うて、また応える。
椰子の木の下で。遺跡の森で。高床の下で。仄暗い台所で薪の赤い火とともに。

きっと足りなかったのはこの、問いかけて応える、という営みだ

この異世界との出会いから生まれる問いは、日常のそれとは成分が違う。
具体的には、なぜ?とどうやって?の割合が。

学校が休みになってかれこれ2ヶ月近くずっと隣で過ごす4歳児の日々には
「なんで?」が溢れている。やり方を問うどうやって?は、1割以下。
たぶん、子どもたちは毎日、独自の異世界を生きている。

翻して私は、ここ最近、なぜ?よりも圧倒的にどうやって?が優っていた。
どうやって届ける
どうやって使う
どうやって出会う

どうやっての深い森のなかで、息を潜めていた、なぜ。

答えがどこにあるかわからないものを問い、それに自分ではない人が応える。
往復書簡に私が寄せる期待は、これだ。(たぶん)
そして、マサコさんが期待している人と向き合うということも、この問うと応えるの向こうにある気がする。(たぶんね)


独自の異世界と、蒸留された言葉、
美しい語りと美しい偏りを持っているマサコさんと。
そのマサコさんの目の前にある、この世界の美しいどこかと。

このメッセージも、音声も、映像もあらゆるSNSが世界をがっぷり抱きこんで、今すぐ伝えられないことなど存在しないようなこの世界で、時代に合わない不器用でスローな“書簡“にのせて、私たちは何をやりとりするんだろう。


今浮かぶ、問うてみたい“なぜ“は、

今いる場所に、なぜ惹かれるのか?

誰にも求められていない、いつ終止符を打ってもいいはずのこの地での暮らし。
コロナの時代になおさら思う。
なぜ、ここに惹かれるのか。

問い方を変えれば、
日々、どんな場面に喜びを感じるか?
放っておくと、どんな苦労があるかばっかり聞かれちゃうお国柄同士、本当に聞いてもらいたいことを自分たちで聞くのもいい。

「移住した経緯」みたいな分厚い歴史書級の物語じゃなくて、日々のちっちゃーい出来事とかご近所さんとのやりとりとかを、公園の隅っこで自慢のビックリマンシールを見せ合う小学生みたいな感じで、語り合ってみたい。

これは音声の方がいいかなぁなどと思いながら、今日のところは筆をおく。

復路の1通目。こんな感じで、どうだろう。
あ。往復書簡のタイトルがなぜ「偏愛バトン」なのかを入れるの忘れたけれど、
それはまた次の手紙で。

お正月前なのに、豪雨がすでに何度も降っているコンポントムより
Mai Yoshikawa

*「彼女が愛してやまないイミゴンゴ」はこちらです。マサコさん自身の筆ではないですが、とても素敵な映像と一緒だったので。


▼往復書簡のお相手 Masako Katoさんはこんな人▼



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ありがとうございます!いつか現場にも、ぜひ!
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カンボジアの中央部・サンボー・プレイ・クック遺跡とその周辺の農村を拠点に、”旅をつくる”仕事をしています。遺跡の近くの村に滞在し、地域の暮らしと時間の中に身を置いて、外から訪れる素敵な人と地域で迎える素敵な人をつなぎ、その間に生まれる「いい時間」をみんなで味わう旅をしてます。