寒風吹きすさぶ、街頭ビンゴ大会

突然、舞い降りた幸運

数年前の切ないお話。
プリンターのインクが切れてしまったので、量販店Ｋに出かけたN氏。店頭で「なんとか感謝祭」の旗がなびいているのを見つけた。

高い買い物をしにきたわけじゃないし、オレは関係ないか。インクを買おうと店内へ歩きはじめたところで、突然、赤いハッピを着た女性店員に呼び止められる。

「お客様、よろしかったらどうぞ！」

ビンゴの用紙を差し出している。

「７時からビンゴ大会がありますので！」
「えっ、まだなにも買ってないけど？」
「いいんです。ご来場いただいたお客様、すべてご参加いただけますので」
「あ、そうですか。それはどうも」

何気なく受け取ったように装ったN氏だったが、その瞬間、体中に熱い炎が燃えさかった。ラッキー！

ビンゴ大会！どんな商品が出るんだろう！でも、オレはビンゴ運ないんだよなあ。ダメだ、弱気になるな。

時計を見ると、まだ６時40分。待たなきゃいけないのか。夜の７時からってけっこう遅いなあ。すぐに帰って仕事の続きをやらなきゃならないのに。でも、ビンゴはビンゴだ！

買いもしないパソコンやテレビのコーナーで時間をつぶすN氏。そして、７時。

餌に群がる群衆となる

「お待たせいたしました！Ｋお客様感謝祭ビンゴ大会を開催させていただきます。入り口にお集まりください。まだビンゴの用紙を受け取っていらっしゃらない方はどうぞお申し出ください！」

黙ってもう一回受け取るのは反則かな？でも、絶対そういうヤツいるぞ。

入り口を見たが、レジ付近には誰もいない。なんだ、集まってないじゃないか。どういうことなんだ？

それでも気になって、近くまで行ってみる。

すると、屋外の駐輪場付近に30人弱の人だかりが見えた。入り口というのはレジ付近ではなく、春とはいえ、まだ寒風吹きすさぶ駐輪場であった。信号のある交差点から丸見えの場所だ。

うえっ、冗談じゃないよ、風邪気味だっていうのに。それにしても、おじさんやおばちゃんがゾロゾロ並んでるなあ。２歳くらいの子連れ夫婦もいる。

この所帯じみた光景、なんだか切ないなあ。この群衆のひとりになるのか。こんなところを地元のＭさんや、取引しているデザイン事務所の人に見られたらなんて言い訳するんだよ。フードをおろして顔を隠すN氏。

１位の景品にザワザワ

主催者の声が響いた。

「お待たせしました！ただいまより、はじめさせていただきます！まずはビンゴ大会の景品の紹介をさせていただきます。第１位は……空気清浄機！」

とたんに民衆はザワザワ。

「１位は空気清浄機だって！」「えっ！」「いいじゃん、いいじゃん、空気清浄機！」「欲しかったのよ！」と声があがる。サクラかと思うほど、ノリやすい客たち。

勿体ぶって2位以下を発表せず、ビンゴを回転させる主催者たち。客たちの血走った目が、ビンゴゲームのちっぽけな玉の行方に注がれる。

「それでは最初の数字いきます！　最初の数字は……43！」

そのとたん、人だかりから、「あ～」のため息。最初の数字からいきなり「ビンゴ！」と叫ぶお調子者がいなかったのは救いである。

となりの60過ぎのおばちゃんが、もう文句を言っている。
「42ならあるのに……となりなのよ！」

暮れていく夜、ハズレまくるビンゴ

次々とビンゴがまわり、数字が呼ばれていくが、N氏のビンゴカードはすきっ歯のような穴がたまに開くだけだ。

その間にすぐ近くの信号が青になり、赤になり、また青になり、赤になる。なにごとかと車内からビンゴの様子を見ている運転手たち。

道路のゴミを風が吹き飛ばしながら、夜は暮れていく。寒い。

またビンゴがまわり、数字が叫ばれ、「あ～」のため息が吹きさらしの道路に響く。

人ごみにＫの従業員が数名入り、呼ばれた番号を復唱したり、人のカードをのぞきこんだりして「あと２つですね！」などと賑やかすが、自分さえ当選すればいいという欲にかられた群衆のムードは険悪になっていく。

そのうち、２、３人から「リーチ！」の声がかかった。

リーチ出現にほっと胸をなで下ろす主催者。動揺、絶望、怒りの瞳で声のする方を凝視する民衆。

「なによ、ぜんぜん当たらないじゃん！」
「へっ、こんなのそんなかんたんに当たるもんかね！」

N氏の後ろにいた40前後の女性が、いっしょにきた母親に文句を言った。

「早くしてくれないとぉ！９時にご飯食べなきゃ困るんだよ、私」

夜９時にご飯？９時までずいぶん時間があるけど、母娘でどこから来たのだろう。また数字が呼ばれる。

「さあ、いきますよ～！　次は24番！」

すると、おもむろに男の声が上がった。

「ビンゴー！！！」

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