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プロフィール

こんにちは。奥村尚之です。
モーグルの元全日本ナショナルチームに所属していたことがあり、その後ケガによりフリースキーに転向しました。コブや不整地、そして非圧雪を得意としています。
27歳のときに潰瘍性大腸炎を患い、それを転機に鍼灸師の資格を取得して、いまは名古屋で りんご治療院 を営んでおります。

選手時代は怪我に苦しんだ時があるので、カラダの構造に基づいて 怪我を予防するトレーニングや、スキーの使い方などを わかりやすく発信していきたいと思います。

今回はそんな原点につながる生い立ちや趣味のことなど、良かったら読んでくださいね。


生い立ち

長野市で生まれ育つ

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長野県の北部、360度山に囲まれた長野市で生まれ育ちました。
家族は旅館を営むおじいちゃん、おばあちゃん、母親と、郵便局に勤める父親と、兄でした。2人兄弟の末っ子です。

画像3(6歳頃のモトクロスのレース)

父親の影響で、4歳からモトクロスを始めます。
バイクに乗ることが楽しくて、6歳以下の全国ランキングでは2位までなりました。しかしながら小学生の時は毎年のように骨折などケガが多かったです。

画像4(スキーも同じ頃から始めます)

両親はそれまでスキーをやったことがなかったので、一緒にレッスンを受けたりしてました。バイク同様に滑ることが楽しくて、小学2年生の時に長野市スキー大会で優勝しました。
当時から何に対してもこだわりが強く、親が買ってきてくれたミニ四駆のモーターを「タミヤ製」でないから拒否するほどだったようです(笑)

モトクロスに熱中する

画像5(雪が降ってもモトクロス)

小学生から中2までが一番モトクロスに熱中していた時期です。今でも当時の傷痕が残っていたりします。その時代は、岡田真澄さん(ファンファン大佐)や、稲川淳二さんとテレビ取材でご一緒したこともありました。
中学では部活動が必須でしたので、友達に誘われるがままバレー部に入ります。
しかし顧問の先生と交渉して、日曜日は欠席して、モトクロスに行きました。

中2のときに念願叶って鈴鹿サーキットで行われる全国大会に出場します。(顧問の先生も大喜び)その時はホールショット(1番で第一コーナーをで通過すること)を獲って、全国でも6人しか飛べない20m超えのテーブルトップも飛びました。途中、手を振ってくれる観客にノリノリでアクションジャンプ(手や足を離す)したり、記憶に残る一番楽しいレースでした。

画像6(鈴鹿の名物20m超えテーブルトップ)

大会前日は嬉しったのか突然38度を超える高熱を出してしまい、熱湯のような風呂で身体を温め、十二単のようにジャケット3枚くらい厚着して克服しました(笑)

モーグルに目覚める

中2の冬に初めてリレハンメルオリンピックのモーグルを見ました。
当時では考えられない ヘリコプター(ジャンプして360°)を行う選手や、牧師の選手など、個性溢れるで自由なスキーに一瞬で魅かれます。
その中でも金メダルを獲ったジャン=リュック・ブラッサール選手の膝の動きは衝撃的!
翌日から階段はモーグルバーンです。モーグルもどきで降りてました(笑)
その後、ビデオでエドガーグロスピロン選手がモーグルのエアー台でバックフリップ(当時は禁止技の後方宙返り)を見た時から、モーグル一色になります。
見よう見まねで体育館のマットが置いてある倉庫でエアー練習したりして、バク宙もマスターしました。
高校は長野工業高等専門学校(高専)の機械科を受験しました。
週休2日制、大学受験なし、さらに試験日が早いので、よりスキーの時間ができることが一つの動機です。
また父親の影響で、物作りやメカなどが好きでしたので 一択でした。
そして合格通知後の中3の春から本格的にモーグルを始めたのです。

高専時代はスキー漬け

画像7(フランスのセバスチャン・ミショー)

車の免許がないのでスクーターでスキーを背負って滑りに行くくらいモーグルにハマってました。当時は一日中滑りまくっていて、休憩はリフトに乗った時だけ。

ホームは妙高杉ノ原スキー場の自然コブ。当時はフランスのセバスチャン・ミショー(Seb Michaud)の背中を追って滑っていました。
(フランスナショナルチームで、後にエクストリームスキーで世界チャンピオンになったプロスキーヤー)
コブの滑りだけでなく、崖からのジャンプやフリーランも楽しかったです。
彼の世界レベルのスキーを目の当たりにしていたので、彼が与えてくれた影響はとても大きいです。

画像8(モーグル選手時代)

高専1年生の時はモーグルの草大会でも予選通過が難しかったです。
しかし3年生の時には草大会で多数の優勝、そして公認大会でも予選通過できるレベルになりました。全日本大会に出場できるポイントも得てましたが、申込み忘れて出場できませんでした(笑)ちょうど長野オリンピックで里谷多英選手も金メダルを獲り、グラブヘリが認可された年です。

その後、全国的にモーグル熱が高くなり、次期オリンピックに向けたジュニアチームが発足。そして当時のコーチに推薦してもらい、全日本チームの体力測定に参加する機会を得ます。しかしながら測定結果は選定された8名中、7位。ズタボロでした。

画像9(全日本モーグルチームのスイス合宿)

それから一夏の間、兄貴が一緒に自主トレーニングに協力してくれて 極限まで追い込みます。兄貴は高専受験の時も深夜まで苦手な教科の勉強を付き合ってくれました。いつも諦めそうになった時に協力してくれる心強い兄貴です。

がんばった甲斐があって、次の体力測定では1番になることができました。
そして全日本チームに入れ、秋にスイス合宿に行けました。いくつもの課題を抱え帰国して、日本でシーズンインしました。

しかしながらシーズン序盤にジャンプの着地で右膝前十字靭帯を断裂してしまいます。その年は毎回テーピングで膝を固めて大会に出ていました。モーグルは膝を動かすので、だいたい1本滑ればテーピングが切れてしまいますが、、、

怪我はショックでしたが成績も出ないので、お祓いにも行きました。また、それ以上に周りのプレッシャーで精神的に参ってしまいました。

そしてオフシーズンも膝の調子が回復しなかったので選手登録を抹消します。実質、モーグルの引退です。

本当に自分の好きな事を

画像10(雑誌の見開き広告にも使われた東北遠征 撮影:​杉村航)

1年ほど整形外科に通院しても膝は痛みましたが、とある整体に2回行くと劇的に回復しました。その時に対処療法でない本物の治療の素晴らしさを身をもって感じました。スキーも復帰できるほどに治ったので、自然な流れでフリースキーを始めます。
当時はいろいろなジャンルから吸収しようと、海外のBMX雑誌をたくさん見てました。それには、想像力を生かしてあらゆる物や地形で表現するスーパースターがいました。「技を競うではなく、想像力で表現する世界」に惹かれます。
「こんなことをスキーでやってみたい」と思い、毎年滑るところを探して遠征が始まります。

画像11(撮影後の集合写真 左から二番目の赤ジャケットがボク)

遠征先の美味い物を食べ、同じ志向を持つものどおし交わすお酒は至福のひとときです。そして撮影した写真やビデオを出版社に売込みに行ってました。当時そのような活動は珍しく、メディアに載る機会も増えました。他にはスキーキャンプを企画したり、独自路線で活動していました。

画像12(BMXアメリカ遠征。スピード感と大きさにビビった!)

またオフシーズンは、BMXでダートジャンプをしてました。(現在も飛んでます。主にインスタグラムに投稿してます)

スキーも自転車も整備されたフラットなコースでなく、縦の動きもある自然な地形が楽しいです。3次元の動きは「アドレナリンが分泌する!」というか、本能が覚醒します!
他にはバックパック1つで各地の文化に触れたり、野生的なキャンプしたり、今でも行き当たりばったりのような旅が好きです。

画像13(山水画の世界を川下り。中国の陽朔にて)

画像14(食料は島で獲れたものだけ。バックパックに銛を背負ってます)

進む道べき道へ

潰瘍性大腸炎を患う
20代半ばから一週間ほど下痢と血便が続くことがありました。病院に行っても痔と診察されていたので大丈夫かと思っていました。
しかし、27歳の冬に缶ビールを1本飲んだら動けなくなります。そして病院を変えて、初めて潰瘍性大腸炎という診断をされました。食べると直ぐに大便(ほとんど血です)をもよおすので、1週間で体重は10kg減りました。
 大きな転換期
恥ずかしながら、大病になって初めて家族の有り難みを知ります。
親父も「大腸を移植する」と言ってくれました。(実際には大腸は臓器移植法で不可ですが)
当時働いていた職場も長期休みで居づらく感じましたし、将来のこともいろいろ考えました。この病気は転機かと思い、モーグル時代に膝の怪我を治してくれた「カラダを治す仕事」をするため学校に行くことを決めました。

画像15(10代の同級生に囲まれた専門学校の教室)

その後、今までの貯金を学費にあて信州医療福祉専門学校の鍼灸科に入学します。やりたかったことでもあり、東洋医学の自然な思想はとても楽しかったです。そんな学生生活でしたので国家試験も問題なく合格できました。
初めての患者は自分!?

(2人目の飛び過ぎがボクです)
国家試験が終わると、少しセーブしていた気持ちが弾けスキーを滑りまくりました。そしてシーズン終盤の特設ジャンプのイベントで飛びすぎて左膝の靭帯を断裂してしまいます。鍼灸の免許取得後、まずは自分の膝に鍼をしました。
その後は整骨院に就職します。
しかし永遠に通い続ける治療法に違和感がありましたし、尊敬していた院長も方針が変わってしまいました。鍼も触れられず受付業務だけという仕事も耐え難いことでしたので、10ヶ月で退職しました。
その後1年間は配達の仕事をしつつ、良いと言われる治療を体験するため全国を回ります。今までの自分のケガで違和感があった、肩・腰・膝の3大部位の治療法を勉強しました。まさに「怪我の功名」です。
〇〇流など一つにとらわれず、良い方法は取り入れました。

画像16「膝の靭帯のリハビリになれば」とMTBを始める 撮影:_dog101

りんご治療院 開業

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2012年に長野市の実家の一室に「りんご治療院」を開業します。
治癒を目的とし、模型を使ってわかりやすく親身な説明を心がけました。今もその思いは変わらず、スキーレッスンでも活かせるように勤めています。
翌年には結婚して名古屋に移転します。
今までは来院のみでしたが、高齢者の訪問治療やボランティア活動も始めます。
ボランティアを始めたおかげで、知り合いの少なかった土地で繋がりができました。人と繋がることで何事も楽しくなり、お互い助け合うことができます。スキーの仲間も同じですので、改めて繋がりは大切だなっと感じました。

これからの方向性

今までは障害を治すことだけを目的としていましたが、これからは機能改善による予防やスキーの技術にも活かせるようにします。

怪我の予防やパフォーマンスアップのため、ストレッチで体を柔らかくしたり筋肉をつけたりしている人もいると思います。
しかし、もしストレッチで関節の可動域以上に動かしていたら靭帯や筋肉が伸びてしまいます。また筋トレで重量や回数を増やすことに集中してしまい、負担のかかる姿勢で筋トレしていたら体を痛めてしまいます。

雪上レッスンでも外向をとるため「左ターンのときに右に体を向けなさい」と指導されても、腰を捻って右を向く人もいれば、股関節から右に向く人もいます。捻る部位が違えばうまく加重できませんし、腰はほとんど捻ることができない構造なので腰痛の原因にもなってしまいます。

大切なことは、体に負担のない安全な状態で技術を習得することです。
正しい骨格のポジションで、できる動作からステップアップし、動作パターンを改善することで、スキーのケガの予防やパフォーマンスアップはもちろん、日常生活動作の質も向上します。

「筋力をモリモリつけたカラダではなく、あくまでも自然に動くカラダ」これがボクの考える理想的ななカラダです。

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(自分も生涯スキーを続けたいのでメンテナンスは欠かせません!
撮影:Y.Nakamura)

主なメディア露出

2000年 Bravo ski Vol.1 (双葉社)
    Bravo ski Vol.2 (双葉社)
    スキー2001 Vol.4 (実業之日本社)

2001年 スキー2002 Vol. 1(実業之日本社)
    スキー2002 Vol. 2(実業之日本社)

2003年 Generation X 5(山と渓谷社)

2004年 Generation X 6(山と渓谷社)
    Good bye to your ski movie(Dominant Films)
    スキー2005 Vol. 3(実業之日本社)

2005年 Generation X 7 (山と渓谷社)
    Never Mind(Dominant Films)
    Bravo ski Vol.1 (双葉社)

2006年 SnowCruising(muddy Films)
    Hey! Dude(Dominant Films)
    Bravo ski Vol.1 (双葉社)
    HIT(スキージャーナル株式会社)
    FreeStyleSki(株式会社フリーラン)
    FREESKING MAG(双葉社)

2007年 STONE COLD(Dominant Films)

2012年 Bravo ski Vol.1 (双葉社)

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K2(スキー)
Fulltilt(ブーツ)
REXXAM(ブーツ)
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Spyder(ウエアー)
Sunvalley(ウエアー)
Hestra(グローブ)
Taubert(グローブ)
Haglöfs(バックパック)
Mount(ストック)
SPY(ゴーグル)

現在はパタゴニアのプロセールスにお世話になっております。

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