自分が〜している姿が想像できない時に無理やり決定した事はうまくいかない
日曜日に大神神社にはじめて行ってきた。
奈良へふらっと行く事になっていたのだが、宿泊先以外は何も決めていなかった。
どこか行ってみたいところは…としばらく探していると「大神神社(おおみわじんじゃ)」という言葉を見つけた。瞬間「あ、ここ行ってみよ」となった。
「あ、ここ行ってみよ」のさらにその寸前、「雨の中参拝している自分の姿」が想像していた。本当にわずかな一瞬だけど。
やはり何かを自分から進めていく実感のある時って
「先に自分が〜している姿を想像する。それから実行する」
この流れはあるんだと思う。
疲労が濃かったタイミングもあり「全く想像できない…っていうかほっておくと寝る以外すべて億劫」みたいになっていた時もあった。その時に行った事って、どこかズレがあったりうまく行かなかったり…というのが今回の旅行では続いた。
これは中々おもしろい体験と言えそうだった(そのタイミングでは全くそんな事思えなかったけど)
逆に明確に想像できた事はするするっと実行できたし、結果的にうまくいった。
これは本当何なんだろうか…不思議だ。
自分が〜している姿が想像できない時に無理やり決定した事はうまくいかない
これは今回の体験を通して導き出せそうな法則かもしれない。
もう一つ。まだ少し検証したい所だけど、こんな事も今は考えている。
違う何かに判断を任せる(例えば誰かの提案を受けた時)時に、違和感を感じたものの(疲れすぎて)何も想像できずにそのまま流れた時はうまくいかない事が多い
ちょっと言葉が多くなっちゃったけど、要は「相手が提案した事を想像する事もせずにそのままイエスと言った場合うまくいかない可能性が高い」のかもしれないなって事。
今回は疲労が濃すぎてという条件だったけど、これは他の条件でも発動するようならもう少し正確な言い方に変えられそうだ。
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