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牛肉を愛した偉人たち ⑩・ウィンストン・チャーチル

 今回は英国政界一の嫌われ者と揶揄やゆされた大御所チャーチル(1874年~1965年)に移る。サー・ウィンストン・レナード・スペンサー・チャーチルは文字通り貴族の出自で父親は公爵。陸軍士官学校を卒業し、軍人、従軍記者の経験もあり、第61代と63代の首相を務めた。チャーチルが勇名を馳せたのは、ナチスドイツ軍の猛攻撃にさらされ壊滅寸前だった英国がダンケルクの戦いの成功により国民全体が勇気を鼓舞されたことが契機だった。第2次世界大戦の初期、チャーチルが首相に就任する前日の1940年5月9日から6月4日までの27日間を切り取った『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』原題『DARKEST HOUR』。(2017年)に詳細に語られている。
 この映画は私の贔屓ひいきの英国俳優であるゲイリー・オールドマンがチャーチルを熱演し、アカデミー賞の主演男優賞を受賞している。それに並行してチャーチル向けの特殊メイクを行った日本人の辻一弘がメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞した。どちらと言えば細面のオールドマンがふくよかな風貌に見事に豹変している。
 異様なほど贅沢と美食を好み、趣味にかまけ、しかし妻クレメンタインには頭があがらないという恐妻家の側面も軽妙なタッチで描かれている。
映画では保守党の古参議員がこう話すシーンがある。
 「帝国が重大な岐路に立つ時に、酔っ払いが舵取りをしている」
 「朝食にスコッチ、昼食にシャンパン1本、夕食でもう1本、夜はブラン
 デーとポートワイン」
 「奴には自転車は貸さんね」

 チャーチルほど八面六臂はちめんろっぴの活躍を遺憾なく発揮した人物は古今東西まれだろう。生涯に5,000冊の本を読み、40代の頃から独学で学んだ油絵は風景を中心に生涯500点ほど残している。政治的立場では水と油であったパブロ・ピカソは「画家を職業にしても十分食べていかれただろう」と評している。その証左としてチャーチルが描いた希少な絵画が2021年3月にロンドンでオークションにかけられ、本人の作品としては過去最高額の約830万ポンド(約12億4000万円)で落札された。第2次大戦中に米国のルーズベルト大統領(当時)に贈ったこの風景画は複数の人のもとをわたり歩いた後、米女優アンジェリーナ・ジョリーのコレクションに加わっていた。
 チャーチルの起床は朝8時。そのままベッドのなかでベーコン、ソーセージ、卵、2種の野菜、トーストに紅茶という食事をとりながら、新聞、手紙、書きかけの原稿や、校正紙に目をとおす。異様なのはチャーチルの太鼓腹にそってくりぬかれた画板のようなテーブルを使っていることだ。
 「チャーチル家のクックブック」を著した、コックのランドマーレ女史や秘書たちが口を揃えていうのは、チャーチルは「プレーンフード」を好んだということだ。あまり手をかけず、素材をシンプルに調理したもの。肉ならステーキやローストビーフ。素材は最高にフレッシュでなければならないし(自家菜園もあった)、火の通し方、食べるタイミングにもうるさかったという。
 一日中、酒を飲んでいる。そしてのべつ幕なしにキューバ産の葉巻(マニラシガー)8本から10本(その年間購入額1,000万円)。これに2時間の昼寝が加わる。チャーチルは昼寝をすることで1日が2日分、少なくとも1日半分になると話している。
 生涯愛したシャンパンが「ポルロジェ」だった。フランスで開催された英国公使主催の昼食会で、1928年産のポルロジェを口にしたチャーチルは、すっかりその魅力に取り憑かれ、以来大量にシャンパンを購入するようになった。英国軍が第2次世界大戦に参戦した際には「フランスのために戦っているのではない、シャンパンのために戦っているのだ」と名言を残している。
 チャーチルの浪費について書かれた本『No more Champagne』には、チャーチルのシャンパン消費量が記されているが、その生涯の消費量はなんと4万2000本。
 英語にbeef eaterという言葉がある。手元にあるリーダーズ英和辞典(第3版)によると、1(B-)ビーフイーター《ロンドン塔の衛士または国王衛士の通称》.2《俗》イギリス人;牛肉食《人》;がっしりとした筋肉質の人.とある。
 ここからは私の敬愛する丸谷才一氏の『綾とりで天の川』の「牛肉と自由」に全面的に寄りかかって書くことにする。イギリス人の牛肉食いの特徴がよく出ている。
 
  イギリス人は自国の料理法を賛美し、フランスのそれを熱烈に非難しま
 す。これは、イギリス料理は世界で一番まずいと思い込んでいる日本人に
 とっては意外なくらいです。もちろんイギリス人全員がフランスの料理法
 を否定するわけではないけれど、フランス料理批判はかなり支配的な議論
 と言っていい。その場合、主張されるのは、イギリス料理は自然を尊び、
 フランスは人工で細工する、イギリスはその材料が一番うまいときに食べ
 るのに対してフランスは旬に先んじて食べ、旬になるともう口にしない、
 という批判ですね。
  つまり一口で言うと、自然を尊重して材料の味を生かすのがイギリス料
 理であるというので、わたしが見ても最上のイギリス料理にはそういう所
 がある。
  イギリス人はフリカッセという、鶏、仔牛、兎などの肉の小片をホワイ
 ト・ソースで煮込むフランス料理を軽蔑しますが、たしかにあれは、悪く
 すると、小細工の極みだなあ、ゴマカシだなあという気になる。そしてこ
 ういう人工的方式と平然と対決するものが、ビフテキおよびロースト・
 ビーフなのです。牛肉のうまさをじつにすっきりとわかりやすく堪能させ
 てくれる。
 
 地球上の人口は、現在の80億人から2050年までに97億人に、そして今世紀末には110億人に近づくと推定されている。
 人口増加にともなう経済発展と中産階級の拡大は食肉の需要増に拍車をかけている。人々が豊かになり、肉を食べる機会が増え、もっと肉を食べたいと思うようになっているのが世界の情勢である。実際、食肉と牛乳の需要は2050年までに70%という驚異的な伸びを見せると言われている。魚介類も似たような状況で、私たちは今、50年前の2倍以上の量の魚を食べているとされる。
 1931年、チャーチルは「Fifty Years Hence(50年後)」と題し、1980年代に世界がどうなっているかを予測する記事を執筆している。さらに驚くべきことに、畜産以外の方法で食肉の生産する手段を見つけるだろうと予測したのである。
 「鶏胸や手羽を食べるために鳥一羽を丸ごと育てるという不合理からは脱出するだろう」とチャーチルは予言した、「これらの部位をそれぞれ適切な培地で育てることによって」と。そうすることで、家畜用の農作物を育てるのに使われていた土地が空き、「公園や庭園が牧草地や畑に取って代わる」と結論づけている。
 近年では「クリーンミート(培養肉)」はSFの領域から脱し、科学的事実となった。グーグルの共同設立者であるセルゲイ・ブリン氏による研究開発への出資のおかげで、史上初の「クリーンなハンバーガー」が2013年に公開されている。
 チャーチルは1940年代初頭にLindemannを雇い入れ、英国首相として初めて科学顧問を置いた。彼は英国に科学を大切にする環境を作った。研究機関や望遠鏡や技術開発には政府からの助成金が支給され、戦後、分子遺伝学からX線結晶学まで、幅広い分野で数々の発見と発明を生み出すことになった。宇宙物理学や宇宙生命論にも造詣が高く、「宇宙の広大さを考えれば、地球上の人類が唯一無二 の存在であると信じるのは難しい」といった論考を持っていた。
 「私の好みはいかにも単純だ。最高のものだけが私を満足させる」
 ウィンストン・チャーチルは、政治家で初めてH・ヘミングウェイを押しのけて『第二次世界大戦回顧録』でノーベル文学賞を受賞(1953年)した。そして「I’m bored with it all 何もかもうんざりだ」と言い残し、90歳でその疾風怒濤しっぷうどとうの人生を終える。

                初出:『肉牛ジャーナル』2023年9月号
 

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