ギガプレスについて

以前書いた猪瀬さんへの突っ込み記事「日刊SPA! の猪瀬直樹さんが面白すぎる件」に以下の様なコメントをいただいた。

sakaway
2021年12月17日 20:34
テスラのギガプレスを調べてみてくださいね。 クルマを再発明したに等しいと思ってますから

あー、これあんまり書きたくないなぁ(笑)。テスラ側の発表が少なすぎる上、相変わらずチェリーピッキングの疑いが強い感じがする。疑義は色々あるのだけれど、向こうが発表してくれない限り、構造的に水掛け論の域を出ないからこれまで書いてこなかったんだよねぇ。

あとこれは書けば必ず原稿1本分以上の労力になる上、まだ誰も反論していないから、確実にあっちこっちで引用されて、その結果テスラ信者のヘイトを買うことになるわけです。平たく言うと、1円にもならないくせに労力が掛かり、なおかつ恨みを買いそう。ものスゴく損。良いことがひとつもない。あるのは、読者からのコメントに誠実でありたいという自分の気持ちだけ。

だから書かないでいたのだが、多分このテスラファンと思われるコメント主への返信として仕方なく書くだけで、わざわざこちらから出向いてディスりに行こうとしているわけではないことはくれぐれもご理解いただきたい。

それと念のため、基本的にここ(note)で、何に返事をするかしないかを決めるのはあくまでもボクなんで、質問したら答えが必ずくるというわけではないこともご理解ください。

そのあたりは過去に「コメントへの返信についての基本的な考え」に書いたのでご参照のほどを。

さて、本題ですが、本題にはまず前置きが要ります。ということでここから原稿の文体に変えます。

「ギガプレス」と言われて誰もが「あのことね」とわかるわけではないだろうから、まずは何の話なのか説明するとことから始めよう。

テスラはモデルYの開発にあたり、モノコックのアンダーフロア構造に関して、従来と異なる新しい試みを始めた。

ギガプレスと呼ばれてる技術は「BEVのアンダーフロア部が床板構造体を兼ねた巨大なバッテリーケースである」ことを前提に、このバッテリーケースの前後に取り付けるサスペンション取り付け部(要するに床板)を、それぞれダイキャストの一体成形にして、部品点数の大幅削減を図る構造。要するに、フロントのダイキャストサブフレーム、センターのバッテリーケース、リヤのダイキャストサブフレームの3ピースでアンダーシャシーを構成する考え方。最初はバッテリーケースとリヤサブフレーム構造から着手して、段階を追って、フロントも含めた3ピース構造体を構成することを狙っている。ここからはこの完成形の3ピース構造を前提に話を進める。

さてここで技術史を振り返る。F1はあまり詳しくないからボロが出るかも知れないが、1964年にデビューしたフェラーリ158で、試みられたエンジンの応力パーツ化と同じ考え方に見える。158より前に他メイクスがやっていたら教えて欲しい。

158の前の代の156(シャークノーズ)までは、ごく常識的な設計で、鋼管フレームが前後のサスペンションを繋いでいたが、158からはフロント部のフレームはエンジン前端まで。ここで1.5リッターV8エンジンとボルトで締結され、そこからはエンジン自体がフレームの役割、つまり構造体になる。リヤサスペンションは、ダブルウィッシュボーンで、エンジンの後ろに突き出たトランスミッションケースに直接マウントされている。要するにエンジン+トランスミッションがリヤ側のフレームの役割を果たし、そのままリヤサスペンション取り付け部を兼ねている。

鋼管フロントフレーム<剛結>エンジン<剛結>トランスミッション<ほぼ剛結>リヤサスペンションアーム

という構造。ロータス49から始まったコスワースDFV時代以降のF1では、常識になった構造とも言える。

モデルYのバッテリーケースを核に置いて前後にアルミダイキャストのサブフレームを組むやり方は基本的にこのフェラーリ156で採用されたものと考え方は同じ。違うのは後部サブフレームのキャストパーツがエンジン+トランスミッションの機能を兼ねていない純粋な構造体であること。その代わりバッテリーケースが機能部品と構造体を兼用している。

コメント主は「クルマを再発明した」と定義しているけれども、筆者的にはそれを発明したのは1964年のフェラーリだと思う。どうしてもロードカーでというならば1995年のフェラーリF50になる。ちなみにこちらのモノコックはカーボンだけど、エンジンミッションはアルミなので。

さて、何故フロントとリヤのサブフレームをアルミダイキャスト(鋳造)で作るかと言えば、テスラの説明では、その目的は部品点数の大幅な削減ということになっている。普通モノコックの床板とサスペンション取り付け部は、多数の鉄板をプレス後溶接して組み上げる構造になっており、テスラによると、70点前後の部品から作られるとされている。それがたった1個の部品で作られるからスゴいという話だ。

これによってコストが激減して、既存の作り方では太刀打ちできなくなる破壊的革命だという主張である。

で、この話を筆者が聞いて最初に思ったのは「アルミの使い方がおかしく無いかなあ」というものだった。90年代から、ロードカーにもアルミシャシーのクルマはそれなりにデビューしてきた。ホンダのNSX、ロータス・エリーゼ、ジャガー、アウディ、BMW iシリーズ、モーガンなど。「忘れているクルマがあったらごめん」だ。

さてこれらのアルミフレームがどういうものかと言えば、基本的に押し出し材を用いている。金属というものは、叩いたり、伸ばしたり、圧縮したり、加熱したり、つまりストレスを掛けると、金属結晶の構造が変化して硬くなる。「鍛える」と強くなる。だから「鍛造」みたいな言葉があるのだ。

これらは加工硬化と呼ばれる現象で、筆者の理解だとアルミをフレームで使う場合には、これまでは歴史上の全てのクルマが加工硬化が得られる手法で作られてきている。押し出し材というのはマヨネーズの絞り口と同様、面積と形状が同じ断面の金属材しか作れない。

だから、これを使えば、溶接や接着やリベットでシャシー構造体を組立てなくてはならないので手間がかかる。確かに鋳造(キャスト)なら複雑な3次元構造でも一発だ。しかし何故先行する各社は手間をかけてまで、押し出し材を使ってきたのだろうか? われわれはアルミフレームのパイオニアとして取り組んだ複数の会社から、加工硬化による構造強度の重要性の説明を受けてきたのである。

テスラのギガプレスは鋳造(キャスト)である。湯(溶けたアルミ)を複雑で大きな型に流し込むために超高圧を掛けているがそれは湯を隅々まで流し込むためのものであって、加工硬化とは関係ない。

これが例えばサスペンションのアームとか、ナックルみたいなサイズの部品であれば、鋳造後、冷間鍛造(これも加工硬化)することも出来るだろうし、あるいは強度確保のために余分な肉厚を付けたとしても重量増加は知れている。

けれどもサブフレームの様な大きいパーツを強度の出にくい、そして素養として脆性的に弱い(割れやすい)ダイキャストで作って本当に大丈夫なのか。疑問が付くところである。薄く軽く作ればもたないし、十分な強度をもたせようと思えば重くなる。メリットが出にくい。加えて生産に電気を大食いする。デカいので冷却に時間がかかり、製造効率も怪しい。

イーロン・マスク氏は「軽量化の可能性がある」という言い方をしていて、「軽量化を果たした」とは言っていない。その発言を雑に受け取ったメディアが「アルミだから軽いだろう」と軽量化だと騒いでいるだけで、従来のテスラであれば、本当に軽くなっているのであれば、具体的な数値で示すのではないかという気がしてならない。

で、この強度問題に疑義が差し挟まれることはテスラも恐らく予見していて、だからこそこのアルミを「宇宙工学が生んだ特殊合金だ」と主張している。まあそういう超合金Zみたいなスーパー金属だと言われたら、我々が知っている既存の金属とは全く違うのかも知れないので、「おかしくね?」とは言い難い。「われわれが知っている金属の素養とだいぶ違うような……」程度にしか言えない。

さて、もう一点重要な問題がある。キャストだと、仕上がりに必ず歪みが出る。大きければ大きい程それは大きくなる。なので、CNCで切削加工して寸法出しをしないと部品として使えない。テスラでは「一体成形したから、多数の部品を組み立てるのと違ってCNC加工が要らなくなる」と説明している。確かにこれまでの押し出し材を使うアルミフレームの様に複数の部品を組む必要はないから、サブフレームを構成する部品同士の切削は要らなくなるだろう。

しかし、バッテリーケースとの接合面、あるいは上屋側のモノコック、もっと大事なのはサスペンションの取り付け部に関しては、キャスト一発で抜いたまま使えるということは常識的にはあり得ない。そして部品が大きい分ここの削り代も大きく取っておかないと歪みが取り切れない。

ここにCNC加工は必須だ。そして、キャスト部品の場合、その切削を行う基準点、いわゆるデータムをどうやって決めるのかという問題もある。

これだけ大きい部品の3Dデータムを決めるのはかなり大変で、しかしそれが決まらないと切削が行えない。そして部品がデカいので切削も大変だ。時間もかかるし装置もデカい。となると、本当にそんなことをやって安くなるのかという疑念がある。

では、どうしてテスラはギガプレスを使うのか? 推論に過ぎないが合理的な理由は考えついている。クルマというのは数多くの部品の集合体であり、自動車メーカーはサプライヤーが納品してくる多くのパーツを組み上げるアッセンブリー工場という側面もある。

サプライヤーが部品を納品してくれないとクルマは作れない。そして部品点数が増えるとその発注管理も大変だ。しかも昨今、サプライヤーが面倒がって小口の部品発注を受けてくれない。マツダ(160万台/年)やスバル(100万台/年)の規模ですら「そんな少数じゃ受けられない」と断られることがあるらしい。50万台のテスラだとそれは相当に大変だろう。だから、細かい部品を多様なサプライヤーから集めるくらいなら、自社で作ってしまえと。そのためには部品点数を減らしたい。だからギガキャストで一発で作ってしまえと。そういう話なのではないか。得意の垂直統合の一環だと考えると割と納得がいくのだ。

もちろんそういう調達管理のコストダウンが見込めるということは、そこで新たな合理性が発生することはあり得るのだけれども、クルマの生産方式として、より高性能なものが作れる方式なのかというと、むしろそこは多少犠牲にしてでもコストダウンということであり、しかもそこでコストダウンができるのは、規模が小さいからであって、デカい会社なら、むしろ数の理論で押し切った方がコストダウンが進むのではないか。とまで行かなくても、別にそんなやり方で調達のコストダウンをやらなくても困らない可能性が高い。小兵ならではの個性的な技ということではないのだろうか?

さて、もうひとつ、アルミサブフレームには決定的なデメリットがある。修理がほぼ不可能だということだ。板金が効かないし、この構造では部分交換もかなり難しい。旧来型の鉄板溶接シャシーだったら50万円くらいで修復できる程度の事故でも、ギガキャストだと廃車になってしまう可能性が高い。

「いや保険で賄うから」という考えもあるかも知れないが、そういうケースが増えると、保険料が上がる。それとその程度の事故で廃車になると、生産時にCO2排出量の大きいバッテリーのCO2回収ができなくなって、LCA的には大きなマイナス。

ということで、今の所、筆者には「全てを過去のものにする革命的技術」には見えていない。小規模メーカーの新しい戦い方であって、もしかすると限定的な局面でブレークスルーになる可能性はある。それが筆者のギガプレスの評価である。


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