「幸せ」と「健康」の関係
【ありがたい】
毎朝起きて「今日も生きている」と感じる。ありがたいことです。今日も生活を人生を楽しめる。
生きているだけでありがたい。そう思えると幸せだなぁとつくづく思います。
そういう時、少し身体が悪い方が感謝が強くなるように思います。イタタタたといって起き上がると、起きることすら大変だからこそありがたいと思える。
健康すぎるとありがたいが分からない。だから若い時は当たり前だと思って感謝がない。歳をとる、身体が若い時ほど動かない、それもいいなぁと思うんです。
背中の丸い年配の方が、のそのそと動いて、神棚や仏壇に手を合わせている。そんな姿に郷愁を感じるとともに憧れている自分がいます。
姿勢をシャキッとしてアンチエイジング!いつまでも若々しく!
その素晴らしさ必要性も分かる。でも身体が丸くなっても感謝を感じ生きている姿もいいなぁと思うんですよね。
つまり健康は幸せの必須項目ではないと思うんです。だって、健康じゃなくても幸せになれるから。
これがノーマライゼーションの概念です。リハビリテーションの基本概念です。
【年齢とともに幸せの定義は変わる】
この記事とてもオススメです。
健康の定義はWHOでされていますね。でも「幸せ」の定義って、、、?
そう、「幸せ」って人それぞれ、世代それぞれ。
幸せって変わっていくものなんだなと思うとなんかスッキリします。何に価値を感じて幸せを感じるか。それは環境や自分の状況、ライフステージによって変化するものだと。
健康はある意味定義しやすいですが、幸せはこれだと定義しづらいんですね。
僕は家族を持ち、40代前半で、男性で、という環境が今の幸せに大きく影響を与えているんだなと。
だから、幸せは人と比べるものではないんですよね。自分なりの幸せを見つければいいんです。
【健康は状態、幸せは捉え方】
大きく考えると、健康は「状態」を指すものでしょう。幸せは物事の「捉え方」だと思います。
だから捉え方で幸せはいくらでも変化しうるものです。
ヘルシズム(健康至上主義)って知ってますか?
「健康=幸せ」として何が何でも健康になろうとすることですね。健康でなくなることに恐怖を覚え、不健康なものに嫌悪を覚え、批判し、排除し、予防のために多額の投資をして、自己満足を感じているというやや批判的な健康主義へ警笛を鳴らす概念です。
ヘルシズムは一見いいことのように見えますが、健康と幸せを一緒にしてしまうと滑稽になるものです。
健康と幸せの関係、各々の中で今一度確認することも必要ですね。
特に、健康を伝える運動指導者などは、ヘルシズムに陥らないように、幸せについてもある程度の許容度と寛容さを持って伝えられるといいですね。
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