ありあまるほどの富
ぽたり。ぽたり。
汗はとめどなく流れ続けては、土埃が舞う乾燥した大地に滴り落ちていった。
まるで身体中の水分を吸収されているかのようだ。
熱波の到来によって40℃近くまで気温が上がっている砂漠を歩き進めて4日が経過した日のこと。
柔らかい起伏を描きながら無数に折り重なる茶褐色の雄大な山脈に、その日も際限なく広がる一点の澱みもない群青の空が覆い被さっている。
立っているのも辛いような灼熱の中で、生命を象徴するかのようにヨシュアツリーが凛然と立ち並び、サボテンの頭から顔を出した花は、爛漫とは言わないまでも確かな色彩を茫漠とした世界に与えていた。
トレイルが一瞬道路と交差する地点で、僕は友人のSlyとMauiに出会った。
彼らはドイツから観光旅行も兼ねてSlyに会いにきたKevinの車に乗ってここまで来たらしく、大量のビールを抱えて道路脇のキャンプサイトでたむろしている。
「ビールあるから自由に飲めよ」
いつも通りの笑顔で彼らは僕にビールを差し出してくれた。
時刻は3時。
この頃の僕は歩く距離やスピードに囚われていて、こんな早い時間に歩き終わってしまうことにかなり抵抗を覚えたが、彼らからはいつも旅の匂いがする。
数字を数えることをやめなければ。と思った。
どんな時でも、数字が気になり始めたときは知らないどっかの誰かが決めた小さな枠組みに収まってしまってる時だ。
僕はバックパックを放り投げて、ビールを受け取った。
「ここには真の人生がある、君もそう思わない?EZ」
長い時間をかけてみんなで色々な話をした後、こう問いかけたSlyの顔は少年のように光り輝いていた。
彼らは余計な数字を数えたりしない。
数えなければ失くさない。
失くさなければ豊かだ。
この旅が素晴らしいのは何も風景が綺麗だからではなく、誰かの決めた枠組みの中で生きることをやめて毎日豊かな"今"を生きているからだ。
彼の笑顔はそう語っていた。
日中、大地を焦がし続けた太陽は西の彼方の山に沈んでもなお、暗がりに呑み込まれることを抵抗するかのように、彼方の空を朱と金で混ぜたような色に染めている。
僕らはそれをビール片手に眺めていた。
ありあまるほど豊かな今。
ぽたり。ぽたり。
豊かに蓄えられたSlyの髭からはビールがこぼれ落ちていた。
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