お守り記憶デバイス
車のビジネスをやっている時、ユーザーの事故率を下げたいと思い保険屋さんに打ち手がないか相談した。
「色々あるんですけど、お守りぶら下げておくとか、ステッカー貼るとかは有意に効果あります」
統計の世界で暮らす保険屋さんでも施策に挙げるくらいお守りの効用はあるらしい。
神社で買ったお守りや、御札の類が効果を発揮するのは、「思いを保存する効果」によるものだと思っている。
「願いが叶いますように」「商売が繁盛しますように」「元気なあかちゃんが無事生まれますように」というような願いや決意、それ自体は揮発性というか、日常生活の中で大半の時間は忘れられている。
ただ、お守りは消えない。
お守りを見る度に、買った理由やそのときの気持ちを思い出す。
交通安全のお守りであれば「事故を起こさないように気をつけよう」という気持ちである。
そう考えると、お守りや御札は思いや決意を託して保存するある種の記憶デバイスのように思えてくる。
物理的なデバイスが、思いや決意その他の感情を保存すると考えるとそこらに溢れてくるものの見方が変わってくる。
「このデザインにはもしかしたら何かしらの思いや主張が託されているのかもしれない」「この造形物にはとてもネガティブな感情が託されている気がする」
感動をおぼえるのは、太古の人間や近代の先人など、今この世界に暮らしていない人たちの思いと自分が共存していることを感じるからだろう。
宗教などが目標にする、永遠に生きることや、SFめいた時間を超えるコンセプトというのも、見方を変えればそこらに溢れているものなのかもしれない。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?