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【機能性表示食品・トクホの問題点②】                ~介入試験におけるバイアス~

この記事でわかること【一般消費者・食品事業者・機能性食品研究者向け】
1. バイアスとは?
2. エビデンスとバイアスの関係
3. バイアスの種類と研究結果への影響

1. これまでのおさらい

トクホ・機能性表示食品の認可あるいは届出受理には
① ランダム化比較試験
② (機能性表示食品に限っては)システマティックレビューといった厳密な方法が求められています。そのため

トクホ”トクホや機能性食品表示のエビデンスのレベルは一見高そう”
というお話をしました(詳しくはこちら)。

エビデンスレベルとトクホ・機能性表示食品に求められるレベル

このようにトクホや機能性食品表示の健康機能を表示するには、一見高いレベルのエビデンスが必要です。
ところが、専門家は「エビデンスが十分ではない」と評価する場合が多いです。それはなぜでしょう?
その理由は”バイアス”です。

2. バイアスとは?

あまり聞きなれない言葉ですが、一般に”バイアス”とは、
「偏りを生じさせるもの」のことです。
バイアスは日常生活でもよくあることで、例えば「高学歴の新入社員は、
他の新入社員より仕事ができるはず」というような思い込み
バイアスです。

トクホや機能性表示食品の要件であるランダム化比較試験は、
介入(摂取)と効果の関係を導き出すことを目的としています。
この最終目的である、介入(摂取)と効果の関係を歪めてしまうもの
バイアスです。
バイアスには種類があり、主に選択バイアス、情報バイアス、交絡、
出版バイアス
などに分類されます。

ランダム化比較試験のプロセスと様々なバイアス

3.  選択バイアス

 ランダム化比較試験の第1段階は、適切な研究対象者(母集団)を設定する事です。
 例えば、血圧高めの中高年男女に有効なサプリメントを開発する場合、
以下のようなヒトを対象とすると考えられます。
① 血圧が高めであることを自覚していて、食習慣の改善や運動に気を付けているヒト
② 血圧が高めであることを自覚しているが、特に何もしていないヒト
③ 血圧を測定したことがないヒト

 機能性表示食品のランダム化比較試験で、ちょくちょく見かけるデザインとして、被験者に社員を使っているものがあるのですが、以下のような選択バイアスを生じる危険性があります。元々、機能性食品を開発しようとする会社の社員は、健康診断をしているはずです。従って、①②の比率が高く、③はほとんどいないのではないかと考えられます。
 そのような偏った母集団から、被験者を抽出する時点で大きなバイアス(選択バイアス)がかかってしまいます。
 そもそもバイアスがかかっている被験者を使って得た試験結果は、本来の母集団である一般消費者が摂取した場合と異なる可能性は大変大きくなります。

社内試験における母集団の異質性

また、社員は試験への自発的参加の意思が不当に影響を受ける可能性のある弱者にあたること、COI*(利益相反)の点でも問題があり、被験者として適切ではありません。
 *COI:科学的客観性の確保や被験者の利益を保護するという研究者や
 研究機関の責任に,不当な影響を与え,重大なリスクを生じうるような
 利害の対立状況を指す(色々と複雑なので、詳しくはこちら)。

 またトクホや機能性表示食品を発売しようとするメーカーは、選択バイアスを避けるためなのか(?)、母集団を外部機関(Contract Research Organization:CRO、いわゆる下請けです)に委託することもあります。
この場合、事実上「丸投げ」ですので、クライアントであるメーカー側が、バイアスを検出することはほとんど不可能です。

4.情報バイアス

 ランダム化比較試験の第2段階は、被験者のデータを収集するプロセスです。情報バイアスが存在すると、収集されたデータに歪みが生じます。
 例えば、上記の血圧が高めのヒトに飲酒歴喫煙歴を聞いた場合、過少申告されることはよく知られています。また、「ラーメンやうどんのスープを飲みますか?」という問いに対して、”塩分摂取量が多いと血圧が上がる
ことを知っている被験者は、”ほとんど飲まない”とか”あまり飲まない”と
答えるでしょう。
 特に社内試験では、調査に参加することで、社内での処遇などの何らかの利益があることを知っている可能性があるため、回答が聞き取り手の気に入るような情報に代わってしまうこともあります。これでは、正確な情報にはなりませんね。

5. 交絡

  ランダム化比較試験の第3段階は、収集されたデータを解析することによって、摂取と効果の関係の強さを評価する事です。
 例えば、上記の血圧高めのヒトを対象としたサプリメントの開発では、
摂取によって血圧がどのくらい低下したかについて解析を進めます。
 ところが血圧を上下させる要因としては、そのサプリメントだけでなく、
わかっているだけでも、食塩摂取量・飲酒・喫煙・年齢・BMI・運動・年齢・季節・(冬の方が血圧は高い)などが影響します。
これらの因子を交絡因子と呼びます。
 従って、交絡因子を考慮しなければ、そのサプリメントの真の力を過大評価してしまいます。

血圧と交絡因子

 交絡バイアスは、他のバイアスと異なり、試験終了後の統計解析において、ある程度取り除くことが可能です。トクホや機能性表示食品の介入試験では、残念ながら交絡バイアスに関する解析はほとんど行われていません
 また血圧のように、数値化が可能であり、長きにわたって交絡因子について研究されてきた指標ですら、摂取と効果の関係の強さを評価することは大変困難です。

 最近売れている「睡眠の質を高める」とか「認知機能を維持する」とか「ストレスを緩和する」とか表示している商品については、
個人差が非常に大きく
何が交絡因子になるかもよくわかっていない
のが現状ですので、妥当な解析が行われているのかどうかについて
判断することは大変難しいです。

6. 出版バイアス

 医療における出版バイアスは、「否定的な結果が出た研究は、肯定的な結果が出た研究に比べて公表されにくい」を指します。そのようなことが起こらないため、全てのヒトを対象とした介入試験は、試験計画時点でデータベースに「臨床試験登録」(JAPIC、JMACCT、UMINCTRなど)を行い、
”どんな試験をどのように行うか”を公表しなければならないというルールがあります。
 トクホや機能性表示食品の介入試験でも、この最低限のルールは守られているようです。

 しかしここで取り上げる出版バイアスは、少々意味が異なります。
機能性表示食品のランダム化比較試験の結果は、査読付き学術雑誌に掲載される必要がありますが、その学術雑誌に奇妙な偏りがあります。

 おそらく一番たくさんの論文を掲載しているのが「薬理と治療」(ライフサイエンス出版株式会社)です。なんと、2021年度の原著論文のうち、75%が機能性表示食品の介入試験報告です(雑誌名、変えたらいかがでしょうか?)。ちなみにHPに記載されている編集委員の先生方は、超一流ですが。

・「薬理と治療」の掲載料は1頁16000円、一論文5頁として約8万円ですね。
 一般的な英文オープンアクセス誌の投稿料は20-40万円ですので、
  破格です。
・査読期間は2-3週間で、1か月後には掲載されるようです。
 一般的な英文オープンアクセス誌の査読期間は数週間から2か月、
 修正と再査読で数週間から2か月、掲載までには、3か月から半年や
 一年ぐらいですので、激早ですね。
・採択率は掲載されていませんので、全くわかりません。
 一般の学術誌の掲載率は1~50%とばらつきがあります。

 このようにほとんどの報告が、破格激早の学術論文に掲載されている
(しかも日本語です。日本語の論文は外国人には読まれません)
というのもなかなか納得いきません。
 もっとも、これらの商品については「ランダム化比較試験で機能性を
証明(?)」しているだけ、まだマシな部類です。

 次回は、学術論文と利益相反(COI)についてです。

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