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大阪とんかつ〜店長のひと言

以前、21世紀に残したい
「ありがとう」の公募に
応募したことがありました。
人はなんて優しいのだろう、
私が人を好きになったのは、
この時代からだと思うのです。
(小さな賞を頂き、10年後にNHKが偶然見つけてささやかな再現ドラマになりました)

梅田の高層ビル高級和食階。
高校卒業後の進路で親と決裂し、
大阪に渡ってバイト先の寮に入った私。
仕事先の店長は大阪らしくない笑わない人。
トンカツ屋の店長より、
銀行の支店長が似合いそうな人でした。

店の表は優雅ですが、裏では日本各地の
お国訛りが飛びかう雑多な所で
道産子の私は浮いていました。
他の人より幾分標準語に近い。

さらに、
ヒレカツのオーダーが言えません。
なぜヒレカツが言えないか。

関西ではヒレカツを、
ヘレカツというのです。
ヒ、ではなく、ヘ、です

19の私には、
この一文字が壁でした。
、、、すいません、、
ちょっと(恥ずかしい)

そこで私が、
ヒレカツ一丁、というと、

なにぃ? 
もいっぺんゆうて、と、

キッチンのお調子者、
タッちゃんが、からかう。

それでもう一度、
ヒレカツです!というと、

そんなんないなあ、ヘレなら、あるで、
ヘ、やろ?と笑う。

マネージャーも笑ってる。

ホールリーダー四国出身Oさんが

また若い子からかっとん
やめんさい!と、タッちゃんを叱る。

他の女子は、、
ナニきどっとんねん、とか、
ぶりっ子やん、アホかいな、
仕事せえや、とブツブツ。

確かにそうです。忙しいのに、
くだらないことで足を引っ張る。
ああ、もう〜

私はクソ真面目で常に緊張、
手いっぱいでした。

“ひとかどの人間になれ“と
ふた言目には古臭い言い回しをする親に、
たて突いた以上、
やるしかない

必要ないだろ?という分厚い辞典を
バイトの行き帰りにも持ち歩き、
意地と気力で、
突っ張っていました。

皆が夏の帰省をする頃でした。

いつも誰かが休み、
バックヤードには、戻った人の
故郷土産のお菓子がある。
壁に貼られたシフト表には、
みんなの帰省休みが書かれている。

やかましい戦場も、
この時だけは故郷の話、
両親や兄弟の話で盛り上がり、
和やかな雰囲気がありました。

不感症の私は、いつも通り、
仕事をしていました。

信楽焼の足付き皿に
料理が盛り付けられると、
そこそこ重い。それを

左胸の下で支えて左腕に3皿のせ、
右は5本の指をうまく使って2皿持つ。
一人で5皿を持てるようになれば
一人前の仲間入りです。

慣れてきた私は、ホール係が少ない中、
張り切っていました。
空いたテーブルを片付け、
上がった料理を運ぶ。

その日はマネージャーがお休みで、
店長がデシャップでした。

タッちゃんが聞きました。
「北海道、いつ帰るんや」
「帰りません」

骨になるまで帰るなと言われ、
帰る発想はゼロです。

あ〜北海道3日じゃ短いなあ、
飛行機賃も高いし、もったいないわなあ、
とか、いろんな話が周りで
勝手に出ていました。

ヘレカツとエビカツが上がりました。
「ハイ、ヘレ、エビ一丁!」
タッちゃんの声。

デシャップの店長が、
「ヘレ、エビお願い」

私は返事をして、
左に副菜と味噌汁2人分を乗せたトレー、
右手でトンカツの皿をふた皿持って、

振り返った時でした。

そこにいたホール係に驚き、
料理を落としてしまったのです。

皿が割れる大きな音に、
店内はシーンとなりました。

店長がすぐ
「チーフすいません、ヘレ、エビ、急ぎでお願いします!」
あいよ、とチーフの声がしましたが、
私は怖くて顔を上げられず、
慌てて床の食器を拾おうとすると、
店長が、

あかん!素手でいろうたら怪我する、
ちりとり持ってきい!
って言いましたが

もう、Oさんが持ってきて
ホールの人が床を拭いていました。
皆の仕事の速さに
驚きと申し訳ないのとで、
体が震えていました。

昼が終わったクローズ時間。
28階、三方が大きな窓の店内から
大阪の夕景がよく見えました。

夜用セットを終え、
私はどんな顔をしていたのか、
わかりません。

いつの間にか、店長が、
ぼーっと立つ私の横に居て
ボソリと言いました。

あれは、生駒、向こうは信貴山、
反対行くと大阪湾がある

店長も窓の遠くを眺めていました。

わしは仙台や

私は黙っていました。
店長は続けました。

この店のもんは、みんな、
あの山、越えて来よった。
海も、越えてきよった。


店長は
青白い右手をあげて、
遠くを指差し、
ボソリと言ったのです。

「北は、あっちやで」

なにかが、からだの真ん中で
はじけて、
店長の指さす山の輪郭が、
ゆらゆら揺れました。

今日は、ひまや、
たまにデパートでも行っといで、と、
私はその日、早上がりになりました。

あれから随分年月が経ちました。
今も店長のひと言を思い出すと
じんとしてきます。

自分のことでいっぱいで
周りが見えない私を、

ちゃんと見てくれてる人がいる。
人は優しい。
店長、ありがとうございました。

(大阪とんかつの第1弾、第2弾はこちらです)

最後まで、お読みいただき、ありがとうございました。

いただいた、あなたのお気持ちは、さらなる活動へのエネルギーとして大切に活かしていくことをお約束いたします。もしもオススメいただけたら幸いです。