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出直し金読本015 金と密輸と消費税

 金現物の密輸がふたたび旺盛になっているようです。業界内の一部から、日本の金現物市場が深刻なダメージを受けつつある、という嘆きが聞こえ始めています。そこで今回は、少し長い寄り道になりますが、この問題を取り上げてみたいと思います。

 一般にはあまり知られていないかも知れませんが、金は世界の中央銀行が外貨準備として現物保有しています。これはつまり、国際金融の世界で金は通貨として認識されているということを意味しています。通貨は「物品」でも「サービス」でもありません。そもそも消費されるものでもありませんから、消費税の課税対象となる類いのものではありません。それにも関わらず金を消費税課税対象としてしまったところに、日本の税務当局の認識不足があったと云わざるを得ません。

 ここまで来れば察しがつくと思いますが、金に消費税を課しているのは日本特有の現象です。だからこそ、「消費税が課されていない海外で金現物(金地金や金貨)を購入し、日本にダマテンで持ち込んで売却して消費税を掠め取る行為」が横行しているわけです。

 消費税率は現在8%です。そして来年2019年10月1日には10%に引き上げられる予定です。日本の財政赤字の巨大さを視野に入れれば、消費税率はこの先15%、20%へ上がっていく可能性も十分にあります。消費税率が上がるにつれて、金現物を日本に持ち込んで売り捌いて儲けたいという動機がさらに刺激されますから、間違いなく密輸は増加するでしょう。激増すると見ておいた方が良いかも知れません。密輸対象が、金地金からプラチナ地金へ波及する可能性も捨てきれません。

 業界内の嘆きも頷けるというものですが、それ以上に、金現物の密輸を放置することは、国民が納めた消費税が白昼堂々と大規模に盗み取られる行為を黙認することと同義ですから、これは由々しき問題です。

 そこでどんな対策があるのか考えてみようというわけですが、その前に、金現物売買に関わる消費税について不案内な向きも多いでしょうから、その有り様をざっくり説明しておきます。

 消費税(付加価値税)というのは、実態に即して分かりやすく云えば、物品なりサービスなりを買う側=仕入れる側が負担する税です。たとえば個人が店頭で金地金を購入する際は、消費税を含む金額を店頭に支払います。消費税は買う側=個人が負担し、店頭サイドは預り金として一時処理をした後、納税します。

 反対に、個人が店頭で売却する場合には、消費税を含んだ金額を受け取ります。消費税は買う側=仕入れる側=店頭が負担しています。消費税の納税義務を負うのは事業者(法人または個人事業主)です。個人には受け取った消費税を納税する義務はありません。したがって、個人の立ち位置から見れば、購入時に支払った消費税は、売却時に還付されるに等しいと云えます。

 百歩譲って、日本が鎖国状態にあって、金現物の取引が国内で完結しているならば、現状のままで問題が起きることはないかも知れません。しかし、現在は、ヒトもモノもカネもサービスもグローバルに動いている時代です。先に述べたような「消費税が課されていない海外で金地金を購入し、日本にダマテンで持ち込んで売却する」という行為を防ぐことなど、容易ではありません。

 では、日本への金現物の密輸を防ぐ手立てはないのでしょうか。政府でどのような議論が交わされているか知りませんし、複数の省庁が関わることなので対策もなかなか進んでいないだろうと思われますが、とりあえず空港税関など水際で食い止める手立ては講じ始めているようです。しかし、その程度の防波堤など、その道のプロならば、たやすく潜り抜けてしまうと思われます。そもそも日本は四方八方を海で囲まれている島国です。完全に食い止めることなど、ほぼ不可能と考えたほうが良いでしょう。

 結論はただひとつ。密輸の動機は消費税の掠め取りにあるわけですから、金現物の売買に消費税を課すことを止めることです。そうなれば密輸する意味も動機も消失します。それが本来あるべき正攻法の解決策でしょう。

 とはいえ1989年に3%の消費税が導入され、1997年に5%に、2014年に8%に引き上げられ、2019年には10%まで引き上げられる予定です。こうして段階的に引き上げられるなかで購入してきた個人からは、当然のことながら不満が噴出するに違いありません。

 次善の対策は、金現物(地金とコイン)に課されている消費税を撤廃するに当たって、金地金・金貨を売却する際、購入時の領収書の提示を求め、消費税を還付する。その気になればできることなので、放置して消費税が盗まれ続けるよりマシでしょう。

 しかし、これにも問題がないわけではありません。購入時の領収書を紛失した、などと主張する個人が出てくることが予想されるからです。

 現実的な解決策は、金現物の消費税率を段階的に下げていく方法ではないかと思います。たとえば2019年に消費税を10%に引き上げる時点から、金・プラチナ現物(地金及び投資用コイン)の消費税率を、毎年1%ないしは2%ずつ引き下げていく。こんどの消費税率引き上げ時から軽減税率なるものも導入されるようですから、金・プラチナ現物も軽減税率の対象に加えることは十分に可能でしょう。そうなれば、毎年1%ずつ下げれば8年後、2%ずつ下げれば4年後には、消費税率0%が達成されます。本来の金保有の有り様から外れますが、消費税の還付を受けたい向きは、早めに売却するでしょう。

 この問題については、さまざまな考え方があるかと思いますが、以上が、出直し金読本の試案です。税務当局にこの原稿が目にとまるとも思えませんが、判断が遅れれば遅れるほど痛みは大きくなりますから一日も早い対応に期待します。


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