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短かすぎるぜ!オランダの中等教育4年コース。「教育マーケット」で将来の仕事を考え始めた息子

長男は今年15歳。日本では中学3年生だが、中学・高校が「中等教育(Voortgezet Onderwijs)」として一貫校となっているオランダでは、4年生に当たる。オランダでは中等教育が4年・5年・6年コースに分かれていて、息子が通っているのは4年コース(VMBO)なので、なんと今年が最終学年だ。この間入学したばかりだと思っていたのに、もう卒業なのだ!

4年コースを卒業した後は、取得科目やテストの結果次第では5年コースへの移行や「MBO」という中等職業教育機関への進学が選択できる。息子はMBOで職業に直結した専門を学びたいと考えている。15歳なのに、もう職業を見据えなければならないのだ!そして、その職業学校への入学申込みは、早いところでは10月1日から始まる。…って、もう10月になってしまったのだ!

私は随分のんびりと構えていたが、先日、担任の先生(オランダでは“メンター”と呼ぶ)による「4年生の保護者説明会」があり、次のステップへのプロセスを聞くと、結構焦った。

「ねえ、MBOへの申し込みはもう10月1日から始まるって!あんた、どの学校のどのコースに行きたいか、考えてる?」
家に帰るなり、息子に聞いてみたら、「まだ……」という答えが返ってきた。

好きなことだけでは食べていけない?!


フリーランの世界チャンピオンになった先輩も、これだけでは生活しているわけじゃない…。


息子は机に座って勉強するのが苦手で、学校で唯一楽しいのは「体育」の時間だという。家に帰って来るなり、フリーラン(または「パルクール」と呼ばれる)のトレーニングやレッスンに飛んで行く。「レッスン」というのは、自分が受けているのではなく、バイトとして子供たちに教えているのだ。つまり、フリーランのインストラクターとしては、すでにちょっとした職を持っている。

昨年3年生のときは、学校のカリキュラムの一環で、1週間インターンも経験した。息子は自分が卒業した小学校の体育の先生に頼んで、アシスタントとして働かせてもらったのだ。すでにインストラクターとして子供たちに教える経験を持っていたので、学校の体育の授業も彼にとっては難しくなく、先生の評価は上々だった。

そんな経緯もあって、私はてっきり、息子がフリーランのプロを目指しながら、インストラクターをやっていくのだとばかり思っていた。しかし、どうやら彼は「それだけでは食べて行けそうにない」と悟ったらしく、別の道を考え始めている。

というのは、すでに一緒にインストラクターとして働いている兄貴たちが、それだけで生活しているわけではないということを目の当たりにしているからなのだ。彼らの中にはすでに20代の人も多く、みんな昼間は電気工事士やボイラー技士として働いていて、夕方にインストラクターをやったり、自らトレーニングに励んだりしている。

フリーランで、世界チャンピオンになったことのある先輩は、すでにスポンサーがついてオーディオ製品や靴のコマーシャルに起用されたことがあるというが、そんな彼も昼間はセントラルヒーティングの取り付け作業をしている。フルタイムでフリーランのプロをやる経済的な余裕はないのが現実だ。

そんな兄貴たちを見て、自分もお金のための仕事を考え始めた息子。さて、なんの仕事に就けばいい……?そのためにはどんな進路がある……?

「教育マーケット」はあらゆる職業の見本市

そんな折、「Onderwijsbeurs(教育マーケット)」のことを聞いたので、急いで申し込んで息子とともに行ってみた。中学生から成人まで、将来の進路を考えたい人全般を対象にしたこのマーケットには、職業学校から大学まで、全国のありとあらゆる学校がブースを展示している。オランダだけではなく、中にはお隣のベルギーの大学も参加していた。

いろんなレベルの、いろんな職業が紹介される「教育マーケット」のブース。

木工、金属加工、水利施設の保全管理、軍事、保育、教育、スポーツ、バイオ科学、理学療法、飲食店、ホスピタリティ、介護、動物飼育、語学、航空訓練、自動車工学、演劇、哲学、物流、交通、国際ビジネス、ツーリズム、マーケティング、経済学、ファイナンス、メディア、美術、コンピュータ科学、電気工学……

本当に多くの専門が一同に会している上、そこで学ぶことのレベルがまたさまざまだ。

例えば、「動物に関する仕事に就きたい」と思ったとき、動物園や農場の飼育員のように動物と直接かかわる仕事もあるし、動物園や農場全体を管理するマネジメントの仕事もあるし、動物に関する高度な研究をする仕事もある。直接動物の世話をしたければMBO、マネジメントレベルのことを学びたければ高等職業教育機関(HBO)、そして獣医を目指していたり、高度な研究をしたければ大学(Universiteit)といった進路になる。

この教育レベル、そして仕事のレイヤーの違いは、給料の高低にも影響するため、経済的価値だけを見た場合、大人は「HBOレベルは出ておいた方がいい」というアドバイスをしがちである。しかし、動物の世話が好きな人が、給料が高いからといってマネジメントをしなければならなくなれば、その人は幸せな仕事生活を送れないかもしれない。方向性やレベルの見極めは、最終的なところ本人がやるしかないのである。

「世間の目」から一線を画す、リサとカリフの場合

会場でもらったパンフレットに、2人の学生の進路選択が載っていた。

高校生のリサとカリフは、どうやって進路を決めたのか?


1人はリサという女子高生。彼女は6年間の大学進学コース「ギムナジウム」に行っていたのだが、4年生の終わりに「やっぱり私のパッションはミュージカルだわ!」ということで、ミュージカルシアターのMBOに転校したという。いわゆるエリートコースからの「レベルダウン」。みんなに白い目で見られたが、彼女は気にせずに自分で進路を選択をした。

「VWO(大学進学コース)では、MBOは実践を学ぶからよくない…という考えが染みついちゃっているけど、それは完全に分けて考えるべきだと思います。この2つは全く別のやり方でレッスンを受けるということなんです。

周りから変な目で見られても、私は気にしなかったけど、そういうのに影響されちゃう人は残念だと思います。そういう人たちは自分のために進路を選んでいるのではなく、他人が期待することを選んでいます。学校では学生の進路に精通した人からアドバイスをもらうから、自分で決めるのは簡単なことではありません。他のことをやった方がいいと言われたら、そのアドバイスに従っちゃいますよね」(リサさん)

もう一人の学生、カリフくんは大学で哲学を勉強したかったけど、家族の反対に遭った。その理由は2つ。まず、将来それが経済的に何をもたらし、何になれるのか?という問題。さらにもう1つは、彼自身がイスラム教徒であるにも関わらず、哲学がしばしば人を神から引き離す学問であることだった。「でも、それは間違っています。信心深い哲学者はたくさんいますからね」(カリフさん)

カリフくんは結局、自分でよく考えて経済学を選んだ。その結果、可能性が広がり、とてもいい仕事に就けたため、その選択に後悔はないというが、彼は現在、2つ目の修士として「哲学」を勉強中だ。

「一般的に、ぼくらは唯物論的なメガネでものを見てしまい、いい仕事に就ける学問に目を向けがちです。それはある意味、とても残念。なぜなら、自分が本当にやりたいことを選択する可能性が低くなるからです。自分の道を選ぶことは、もっと奨励されるべきです」(カリフさん)

「足病学」に興味

さて、息子Mはどんな仕事や学問に興味を持ったのだろうか?広い会場に渦巻く、ありとあらゆる職業や学問の間を歩きながら、息子はピタっとあるブースで止まった。

「Podotherapie(足病学)」

英語では「ポダイアトリー」などというらしい。足を中心に下肢部を専門とした学問で、これを収めた人たちは、理学療法の診療所やリハビリ施設、スポーツ組織などで働いているケースが多いという。

「腰を痛める人がたくさんいますが、多くの原因は足や歩行にあったりするんですよね。高齢化が進んで、足病学の知識はかなり求められていますよ」

東洋系の顔をした女子学生が熱心に説明してくれた。「足病学」など聞いたこともなかったので、私にも新鮮だった。この学問を収めるには、HBO(高等職業教育機関)に行く必要があり、それは息子が次に進もうとしているMBOのスポーツ学科から進むことも可能だそうだ。

「MBOでスポーツを勉強した子もたくさん来ます。机上の勉強と、実践は半々ぐらいですかね。職業としてはすごく求められていて、インターンの終わりには『職場に残ってもらえないか?』と言われる学生が多いんです!」

息子はすっかり興味を持ったらしく、その後はMBOのブースでスポーツ学科の学生に話を聞いた。息子は現在の中等教育で体育の多いコースに通っているので、「MBOのスポーツ学科にはほぼ合格できるでしょう」と言われ、かなり気を良くしたようだった。さらに、将来の仕事についても、ちょっと興味をかきたてられるものが見つかった。足病学はスポーツと関係が深いし、フリーランをやっている自分のために勉強しても面白いかもしれない。

Onderwijsbeursの会場。頼んでいないのにポーズをとる息子。

帰り道、「教育マーケット、どうだった?行って良かったと思う?」とMに聞いたところ、「結構よかった」との答え。あれだけたくさんの学校が来ていたのに、話を聞いたのは地元のHBOの「足病学」とMBO「スポーツ」だけだったが、彼がなんとなくでもやりたい事をつかめたのなら、本当によかったと思う。

この教育マーケット、毎年この時期にいろんな地域で開かれているらしい。何をしていいかさっぱり分からない子には、「好きな教科」「点数のいい教科」などから、進路のオプションを紹介してくれるコーチングも提供されている。次男は来年から中等教育に進む段階だが、世の中にどんな職業があるのかを知るために、来年ぐらいに一度行ってみてもいいかもしれない。

有名大学に合格するまで、なにも考えずに勉強だけを頑張ってきた私の学生時代。それはある意味幸せなことだったのかもしれないが、その後もキャリアで悩みまくった自分の過去を思い出すと、もっと若いときから世の中の仕事やそれに合わせた進路を知っていればよかったなあと思う。こうやってさまざまなレベルの職業と進路を考える機会があるのは素晴らしい。これって、子供たちが幸せな人生を歩むために大切なことではないだろうか?


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