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「危険な遊び」が好きな男子とどう向き合うか?オランダのティーンエイジャーを魅了するフリーランニングの世界

向こう見ずが作ったホモサピエンスの歴史

「それは危険なのか?」
「ああ、とても危険だ」
「それなら、やるよ」

 映画『ライトスタッフ』(1983年)で、NASAの職員がアメリカ海軍で宇宙飛行士候補をスカウトに行ったときに交わされた会話だ。有人宇宙飛行というのは、今だって無事に戻ってこられるか分からないリスクに満ちているが、1950~60年代のロケットといったら、それはもう危うい実験装置だった。この映画は、アメリカの初期の有人宇宙飛行計画とそれを支えた男たちを描いたもので、「危険だから挑戦したい」という男たちがたくさん出てくる。人間のDNAには、挑戦の本能があるのかもしれない…と思わせるものがある。

 実際、人類の歴史は、7万年前にホモサピエンスがアフリカを出て世界に拡散していったことから始まったとされている。4万5000年前には現在のインドネシアあたりの漁民がオーストラリア大陸まで渡ったそうだし、大航海時代には帆船が大海に乗り出していったし、ライト兄弟が初めて飛行機を飛ばしてから、わずか60年足らずで人類は宇宙にも飛び立った。そして、その先端にはいつだって向こう見ずな「勇気バカ」がいたのだ。

 宇宙飛行とか、大航海とか、人類の歴史に貢献した偉大な「勇気バカ」は有難い存在だが、中には人類の役に立つとは到底思えないものに勇気を振り絞るバカタレもいる。我が息子(13歳)がその一人である。

現代のニンジャはビルを飛ぶ

 目下、息子が夢中になっているのが「フリーランニング(またはパルクール)」と呼ばれるストリートスポーツ。ジャッキー・チェンみたいに建物の壁やら塀やら屋根やらをヒョイヒョイとジャンプして渡ったり、時には宙返りをしたり……。「現代のニンジャ」と呼ばれており、多くのティーンエイジャーを魅了しているのだが、私から見たフリーランニングは「アスファルトの上でやる器械体操」。一歩間違えたら命さえ落としかねない、大変危険な「遊び」である。

 息子はこれまで自他ともに認める「サッカーバカ」だった。地元サッカークラブでは選抜チームのメンバーに選ばれ、その将来を期待されるほどに技能も高かったのだが、1年半ほど前にフリーランニングに魅了されて以来、過去5年に及ぶサッカー熱はみるみるうちに消え失せた。

 フリーランニングとの出会いは「ユーチューブ」の動画。特にロンドンの「Storror」というエクストリームなグループがロンドンや香港のビルの谷間を飛び越える映像に息子はシビレまくっていて、私はそれを見て「しまった!」という思いでいっぱいになった。ネット上には子供に見せたくないバイオレンスや性的表現が溢れているが、それよりもこういう「カッコいい」動画が結構マズイのだ。息子はもうグングンとフリーランニングの世界にのめり込んでいった。

 今では学校が終わるや否や、10~20代のフリーランニング仲間と街中の「スポット」に繰り出しては、ピョンピョンクルクル練習している。今シーズンまではまだサッカーチームにも所属していたのだが、先日はとうとう、コーチにサッカーを辞める旨を伝えた。コーチは「すごくいい選手なのにもったいない。でも、彼が新しいパッションを見つけたのは素晴らしいことだよね」と、息子の決断にポジティブな言葉をくれた。

オランダのカリスマ的フリーランナー

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https://www.instagram.com/thebartlife/?hl=nl

 息子のフリーランニング熱を高めた背景には、我々が住むアイントホーフェン市のフリーランニング環境もある。オランダ南部のこの冴えない街は、実はフリーランニングのメッカなのだ。このシーンを支えているのが、バート・ファンデンリンデン、27歳。彼はフリーランニングの草分け的存在で、2016年の大会でワールドチャンピオンに輝いた。ブロンドの長髪を後ろにまとめ、ダボっとしたストリートファッションに身を包み、壁やビルを音もなく軽やかに飛び渡る姿は、まるで猫。アメリカ人女性と結婚し、すでに6歳の息子がいる。

 アイントホーフェンに「Commit040」というフリーランニング道場を作ったのもバートだ。大手オランダ企業フィリップスの工場跡の一角にあるワイルドな廃屋に、トレーニング用の台や鉄棒を導入して作った。今や小学生から大人まで、さまざまなレベルのフリーランニングレッスンが開かれ、人気を博している。もちろん、うちの息子もここのレッスンに通って、いろいろな技を学んでいる。

 バートがオランダのメディア「Club Hub」のインタビューで語ったところによると、運動神経バツグンの彼も、初めはサッカーを頑張っていたらしい。父親がそれを熱心にサポートしていたのだが、ある時、バートは「サッカーを辞めて、フリーランニングのプロになりたい」と告げる。「家族は全くまじめに受け止めてくれなかったね。祖母なんか、『いつになったらまともな生活を始めるの?』なんて言ってた」(バート)。

 20歳の時にはアメリカ人の彼女が妊娠。彼らは話し合って子供を産むことを決めたが、バートの両親はものすごいショックを受けて、「もう経済的にも感情的にも、一切サポートはしない」と言われたという。もう後がないと覚悟したバートは、「クラークパン(廃屋)」に住んで、すばやくフリーランニングのレッスンを立ち上げて、すべてをフリーランニングのキャリアのために注ぎ込んだ。「そうじゃないと、9時~5時でつまらない仕事をする人生になっちゃうだろう?」(バート)。

 そして、子供が生まれる直前には両親と和解。彼らは、おじいちゃんとおばあちゃんになることを喜んだという。ギリシャ・サントリーニ大会には、父親を招待した。「会場にひしめくプロのカメラマンや熱狂的な観客を父が目の当たりにしたことで、僕はようやくリスペクトを得られたんだ」。

 バートによれば、フリーランニングは「集中とメディテーション」。自分の内部を覗いてインスピレーションを得て、自分をコントロールするマインド状態だという。だから、止められないし、止めない。未だに経済的には結構苦しいらしいが、彼の顔は好きなことだけをやっている人の、独特の潔さと自信に満ちている。

祈るしかない

 バートは生き様を含めて文句なしにカッコいい。こんな「フリーランニングバカ」の大人と一緒にトレーニングできる環境にいる息子は、すごくラッキーなのかもしれない。ただ、自分の息子がバートみたいな人生を歩んだら、自分はそれをサポートできるかな……と、考えさせられる。誰だって、自分の子供が危険なことをしたり、経済的に苦労したりするのを見るのは楽しくない。

 しかし、息子が朝から晩まで情熱を注いでいるフリーランニングを禁止することはできないと思うし、第一、禁止したところで24時間見張っているワケにいかないのだから、もう息子の意志に任せるしかないというのが現状だ。とりあえずは、「きちんとトレーニングを受けること」「一人では絶対に練習しないこと」「ビルの上は飛ばないこと」を約束事として、私は毎日、彼を街に見送っている。

 考えてみれば、サッカーだって、ホッケーだって、危ないことはある。スキーのジャンプとか、モーグルとか、ボブスレーとかも、結構命がけだったりもする。フリーランニングはまだスポーツ競技としてあまり確立されていないストリートカルチャーなのだが、これも将来的にオリンピック競技になる可能性もあるという。しかし、たとえちゃんとした競技になったとしても、こういう危険なスポーツに情熱を燃やす子供の親は、どんな思いで対処しているのだろう?

 フリーランニング仲間で最年少の男の子は10歳。その子のママに「Lくんが街で宙返りをしているのをどう思う?ケガをしないかヒヤヒヤしない?」と聞いてみたら、「私は心配していないわ。彼は自分ができないことはやらないから」と言っていた。10歳の息子を信じて、やりたいようにやらせている。

 14歳のKくんは、先日スケボーで転んで足首を骨折したが、回復した今は、また懲りずにスケボーで危険な技に挑戦しているという。その子のママ曰く、「男の子がある程度の年齢を超えると、親はもう祈るしかない」。私は大いに頷いた。もう、祈るしかない。今日も私は、日本から持ってきた天神様のお札に向かってパンパンと手を叩き、「息子が今日一日を無事に過ごせますように」と祈っている。

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