Vol.2 第一期DIYブーム(1996→2001)を深掘りする
前記事「Vol.1 DIYはいつだれに流行したのか?社会生活基本調査データから読み解く」では、DIYを行う男性が段々と減り、DIYを行う女性が緩やかに増加した直近35年の変遷の中で、【1996年→2001年】第一期DIYブームと【2011年→2016年】第二期DIYブームの2つの時期においては、男女すべての世代で行動率が上昇したことを明らかにしました。本記事では、【1996年→2001年】第一期DIYブームの統計データを前半で深掘りして、後半でその背景にある社会的動向を考察します。
第一期DIYブームを統計データから眺める
まずは、前記事にも登場したグラフ「男女別・日曜大工の行動者率の変化」から振り返ります。左側の黄色塗り部分が【1996年→2001】第一DIYブームです。1991年から1996年の間で大きく減少する中、男女ともに1996年から2001年にかけて大きく上昇していることが分かります。
具体的な数字を見ていきます。1996年から2001年にかけて男性の行動者率が4.4%、女性の行動者率が1.6%上昇しました。人数でいうと、男性255万人、女性95万人、日曜大工の行動者数が上昇したことになります。
この数字は、【2011年→2016年】第二DIYブームよりも男女ともに大幅な上昇で、直近35年で最も行動者数が増加したのが【1996年→2001年】第一DIYブームであったということになります。
大きな上昇の結果、2001年には男性約1184万人、女性約232万人が日曜大工を行っていたことになります。これらの数字からもわかる様に、第一DIYブーム期は主に男性を中心としたブームであり、DIYは主に男性が行う趣味であったと言えると思います。
第一DIYブーム期、誰に流行したのか?
次に、どの世代で特に大きな増加が見られたのか、男女別により詳しく見ていきます。
【男性】行動者率の変化を詳しくみる
まずは、上のグラフ - 男性の行動者率の変化を世代別に見ます。【1996年→2001年】第一DIYブームでは男性のあらゆる世代で行動者率が上昇したことが分かります。高齢になるほど大きく上昇し、中でも定年後の世代である60代・70以上で、とりわけ大きな上昇が見られます。
【1996年→2001年】第一期DIYブームの結果、【2001年】には男性のどの世代でどのくらいDIYが行われていたのでしょうか。上のグラフは、2001年における男性・世代別の行動者率です。10代から60代までは高齢になるほど行動者率が高いことが分かります。みごとに年代順になっています。ちなみに、この傾向はどの調査年でもおおむね変わりません。
世代が上がるほど行動者率が高くなる傾向は、20代で仕事につき、30代で世帯主となり、30-40代で持ち家を所有し、50代で子育てが終わり、60代で引退する - 典型的な男性のライフパターンを反映している様にも見えます。世代が上がるほど、自由に使える時間・お金・空間のリソースが増え、DIYを行う余裕が出てくるイメージです。
【女性】行動者率の変化を詳しくみる
続いて女性行動者率の変遷です。第一期DIYブームが主に男性を中心としたブームであったと書きましたが、同時期に、女性のあらゆる世代でも行動者率が上昇したことは注目すべき点です。上のグラフの黄色の背景部分が、【1996年→2001年】第一期DIYブームにおける女性の行動者率の変化を世代別に示しています。
特に女性20-50代で大きな上昇が見られます。例えば20代女性の行動者率は、2.2%(1996)から4.4%(2001)に、30代女性の行動者率は3.4%(1996)から6.1%(2001)に達し、20-50代女性の行動者数が5年で2倍弱程度も上昇したことになります。
【1996年→2001年】第一期DIYブームの結果、【2001年】には女性のどの世代でどのくらいDIYが行われていたのでしょうか。上のグラフは、2001年における女性・世代の別の行動者率です。30代をピークに若年になるほど下がり、高齢になるほど下がることが分かります。
上のグラフが示す様な、30-40代が行動者率のボリュームゾーンである傾向(中央にピークがある山形のグラフ)は、1986年から2016年まで一貫して見られる傾向です。これは、主婦の子育て世代と一致すると捉えることもできそうです。
統計データからの考察は以上です。
といったことが示唆されました。続いて、これらの変遷の背景にはどんな社会動向があったのか、見ていきます。
ブームの背景にある社会動向を考察する
直近35年で最も大きな盛り上がりをみせた【1996年→2001年】第一期DIYブーム。日曜大工の行動者数の大きな上昇には、どんな社会的背景があるのでしょうか。当時の時代の雰囲気を断片的にも知りたく、経済・メディア・産業の視点から考察してみたいと思います。
①経済:バブル崩壊・震災
<バブル崩壊>
1996年と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、バブル崩壊です。1991年バブルは崩壊し経済成長は止まり、日本経済は現在まで続く長期のデフレに陥りました。国民の所得は1998年あたりをピークに下降の一途を辿ります。詳しくはこちらのサイトなどをご参考にしくてださい。
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/17/backdata/01-02-01-01.html
人々の消費意欲もまた、所得の低下とともに停滞していきます。消費意欲指数は、バブル崩壊後低下し続け、1998年に一時的にやや回復するものの、以降も低下していきます。
消費者の「モノやサービスを買いたい」意欲 - ガベージニュース (garbagenews.net)
<震災>
1995年には阪神淡路大震災が発生しました。築古の木造家屋の被害が顕著で、震災後には耐震改修促進法が制定され、既存不適格家屋の耐震診断や耐震補強が進められました。2000年には建築基準法改正も施行され、耐震基準が改訂されました。
第一DIYブームが起こった【1996年→2001年】は、バブル崩壊をきっかけに賃金が急激に減り、お金を使って何かを買おうという意欲が失われた時代でした。1995年には阪神淡路大震災が発生し、社会や個人の建物への安全への
意識が一気に高まった時期であると考えられます。
②メディア:dopaの創刊(1997)
そんな停滞の時代の真っ只中、DIY専門誌であるdopa(ドゥーパ!)が1997年に創刊されました。dopaは1997年の創刊から現在に至るまで、DIYを専門的に扱ってきた日本唯一の雑誌です。DIY実践者なら目にしたことがある方も多いと思います。
なぜこのタイミングでDIYをテーマにした専門誌が創刊に至ったのかを知るべく、現在の出版元である株式会社キャンプさんに貴重な創刊号をお借りすることができました。
髭のDIYおじさんが表紙を飾る創刊号です。中でも、巻末のあとかぎと巻頭のステートメントに気になる文言を見つけました。
巻末のあとがき
dopaの看板をもった外国人のおじさんが巻末を飾る横で、編集長によるこんなあとがきが残されています。
バブル崩壊後、消費意欲が低迷し続ける最中の1997年、創刊当時の時代の雰囲気を感じられる文章です。豊かさの根源が消費から「作る」へとシフトする変革期であったと、編集サイドは捉えていたことが分かります。また、DIYという行為が「生きる喜びや自己実現といった。人間の本来的なダイナミズムにかかわる何か」を含むのだも述べられています。
締めの言葉も要チェックです。編集長によるパワフルな言葉が、世のお父さんに向けて投げかけられています。当時のDIYといえばお父さん世代の趣味だったことは、上記データとも一致します。
巻頭のステートメント
あとがきに負けず劣らず、巻頭ステートメントにも「時代への反乱」「D型人間の出現」などパワフルなワードが登場します。中でも個人的に気になったのは、ステートメントの最後を飾るこの文章です。
華々しいバブルの時代が終わり所得も消費も停滞していく中、それでも「もっと豊かになりたいのだ」という意思が表明されています。そして、もっと豊かになるためには「リーズナブル」に作り遊ぶことなのだと。
この「リーズナブル」という言葉が気になり、このことについて現在のdopa編集長である設楽氏に質問したところ、
と1997年当時の編集長の見解も交えながら、教えてくださいました。また会話の中で、設楽編集長自らが2022年に創刊25周年雑誌リニューアルの際に執筆した、新たな巻頭ステートメントも見せてくれました。
「分業化、機械化が進んだ現代で、乖離してしまったもの作りの喜びをDIYで取り戻す」といった創刊以来変わらないフィロソフィーが表現されている一方で、1997年創刊時の「リーズナブル」やそれに類する言葉は、2018年の新たなステートメントの中には含まれていませんでした。
日本唯一のDIY専門誌であるドゥーパが辿ってきた約25年の変遷を通じて、「消費行動の変革」「リーズナブル」「生きる喜びや自己表現」といったキーワードが浮かび上がってきました。これらの言葉には【1996年→2001年】第一期DIYブームにおけるDIYerたちの気分の一端が現れている様に思います。
<第一期DIYブーム、そのほかのメディア>
dopaは主に男性向けの想定で創刊された雑誌メディアです。同時期にDIYをテーマにした書籍や雑誌、テレビ番組がないか、引き続き探してみたいと思います。特に女性ターゲットのDIY関連の雑誌や書籍、番組などがなかったかどうかも、気になるところです。
③住宅産業:着工件数・リフォーム市場規模
次に【1996年→2001年】第一期DIYブームにおける、住宅産業の変遷に着目します。まずは、新築住宅の着工数とリフォーム市場規模を見ます。
新築住宅着工戸数ですが、1991年のバブル崩壊とともに低下の一途を辿ります。1996年の消費増税前駆け込み需要で一時的に回復しますが、以降は停滞し続けます。一方リフォーム市場は、1991年のバブル崩壊を経ても拡大を続けましたが、1996年をピークに市場縮小の一途を辿ります。
2030年度の新設住宅着工戸数は63万戸に減少、リフォーム市場は6兆円~7兆円台で横ばいが続く | ニュースリリース | 野村総合研究所(NRI)
バブル崩壊とともに新築需要が激減する中でも、リフォーム市場は成長を続け1996年には過去最大の市場規模を記録しています。リフォーム市場の台頭によって「新しい家を買うのではなく、直して住む」選択肢がより一般的になった時代であったと考えられます。
以上、【1996年→2001年】第二期DIYブームの社会背景について、経済・メディア・産業の視点から考察を行いました。
第一期DIYブーム、その後(2001→2006)
最後に、【1996年→2001年】第一期DIYブームが起こった「後」に注目します。ブームは一時的な盛り上がりだったのか、それともその後の定着がみられたのでしょうか。下グラフの赤背景の部分【2001年→2006年】の変遷からブームの「後」を考察します。
<男性・ブームその後>
【1996年→2001年】第一期DIYブームで男性のすべての世代で上昇した後、【2001年→2006年】には男性のすべての世代で行動率が低下しました。2006年には、男性の70代以上を除くすべての世代でブーム前1996年と同水準程度かやや下回る程度まで落ち込んでいます。男性を中心に盛り上がりを見せた【1996年→2001年】第一期DIYブームは、直近35年で最も大きな盛り上がりをみせたものの、ブーム後にも趣味・習慣として定着するところまではあまりつながらなかったものと考えることができます。
<女性・ブームその後>
【1996年→2001年】第一期DIYブームで女性のすべての世代で上昇した後、【2001年→2006年】には女性のすべての世代で低下しました。しかしながら低下の程度は男性よりも緩やかで、10代を除くすべての世代で、2006年には1996年よりもやや高い水準に落ち着きました。
【1996年→2001年】第一期DIYブームの考察は以上です。
次の記事では、東日本大震災後に起こった【2011年→2016年】第二期DIYブームとその背景について深掘りしていきたいと思います。
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