見出し画像

大学のオンライン授業は「手抜き」なのか? 現役非常勤講師に聞く

 コロナ禍の中、日本でも4月以降ほとんどの大学でオンライン授業が導入された。大学は、学生数が多く三密対策を取りにくいことや、学生の活動範囲が広いこと、また授業ごとに教室を移動するため濃厚接触者の特定が難しいといった理由で、秋学期も8割の大学がオンライン授業と対面授業を併用している(文科省「大学等における後期等の授業の実施方針等に関する調査結果」より)。特に感染者数が多い東京圏では、早稲田大学をはじめ、講義科目を中心に原則オンライン授業という大学が多い。
 オンライン授業については賛否両論があり、「学費を返せ」といった一部学生の声も報道されているが、実際に授業を担当している教員にはあまり目が向けられていない。そこで、大学教員の約半数を占める非常勤講師の現状について、東京圏の複数の大学で非常勤講師として教鞭をとる河辺 厚氏(仮名)に話を聞いた。

●そもそも教員にとって、オンライン授業は「楽」な授業形態なのだろうか?
 実はオンライン授業よりも、教室での授業のほうが何倍も楽です。オンライン授業には、ZOOMなどを使ってリアルタイムで行う方法のほか、大学のシステムにアップされた教材(動画やPDFファイル)を、学生がダウンロードして学習するオンデマンド型と呼ばれる方法がありますが、どちらも教室で行う授業とは異なる大変さがあります。
 「楽」とは少し違うかもしれませんが、ZOOMなどを使うリアルタイム型の授業は、教室で行う授業と比較的似たような「ライブ(生)」感で授業を行うことが出来ます。ただ、データ通信量が大きくなる、自宅の様子が写ってしまうといった理由から、学生は基本的にビデオを使った「顔出し」をしていません。だから授業中に学生の表情がわからないんです。表情がわからないと、理解できているのかわからない。理解できているのかわからない中で授業をするほど、不安なことはありません。
 それでもまだ、ZOOMを使った授業の場合は、疑問点をチャットに書き込んでもらったり、質問がある学生には授業後に残ってもらったりすることができます。また、工夫次第では途中で理解度クイズをいれるなど、リアルタイムにフィードバックを得ることも出来ます。
 この点でさらにハードルが高いのはあらかじめ教材をアップロードしておくオンデマンド型の授業です。この場合、リアルタイムで学生からの質問を受け付けられないため、準備の段階で「教員の助けがなくても、学生が教材を確実に理解できる」という点にかなり気を配る必要があります。そのため、授業の構成そのものを大幅に変えたり、修正を繰り返したりと、かなりの準備時間が必要です。プリントを作成するだけでも、通常に比べて3倍は準備に時間がかかります。さらに、パワーポイントに音声を録音するなどして動画を作成する場合は、録音や動画の編集にも時間がかかります。自宅から授業をするわけですから、生活音の影響にも気を使います。

●準備時間が3倍というのはかなりの負担だが、金銭面での負担はどうなのだろうか
 教員によってそれぞれのようです。全く負担はなかったという教員もいれば、カメラやマイク、場合によってはパソコンを買い替えたり、自宅のインターネットを光回線に切り替えたりした教員もいます。周辺機器はパソコンとの相性があるので、せっかく買っても無駄になってしまう可能性もあります。
 また凝った人になると、パソコンのほか、iPadや手元用カメラを駆使して授業をしているため、そうした機器を手元で切り替えるための機材を買ったといった話も聞きます。自分はそこまではしていませんが、映像の質にまでこだわると、こうした投資も必要かもしれません。
 こうした出費に対して、補助が出ている大学も一部あるらしいですが、自分が授業を担当している大学では、一切出ていません。春学期の間は、「緊急事態なので仕方がない」という雰囲気が非常勤講師の間でもそれなりにありましたが、秋学期も自宅からオンライン授業を続けるということになると、「交通費の代わりに、オンライン手当が欲しい」という声は大きくなるのではないでしょうか。

経済的な負担については、一般企業の正社員に相当する専任教員よりも、河辺氏のような非常勤講師のほうが深刻であることは想像に難くない。それでは、教員の負担も大きく、学生からの不満の声もあるとなると、オンライン授業は「百害あって一利なし」なのだろうか。
 難しい質問ですが、必ずしもそうとは言い切れないですね。自分が担当しているクラスでは、学生の理解度は例年よりも高い傾向がありました。理由としては、教室だと友達に聞けるために、実は自分ではあまり考えていなかったり、あるいは「みんなもわかってないから、いいや」といった気持ちになりやすい。それが一人という環境に置かれることで、自分で努力することがあげられます。またオンデマンド型では、「教材を何度か見直したら理解できた」という声も聞かれました。これは教育効果という点ではプラスです。こうした長所は教室での対面授業にもどった後も活かしていきたいです。
 また運営面では、私語をしている学生や、いわゆる「内職」をしている学生を注意する必要がないのは楽ですね。教員からすると「そろそろ注意したほうがいいかな」とか「もう少し様子をみるか」といったことを授業中に判断するのは結構な負担なんです。学生の側からしても「うるさい学生がいて集中できない」ことがないのは利点でしょう。まあ、これは、学生間の会話の機会がないというマイナス面にもつながるわけですが。

●負担が大きいとはいえオンライン授業は必ずしもマイナス面ばかりではないようだ。オンライン授業を経験した日本の大学は、今後どのような方向に向かっていくのだろうか。
 オンライン授業は、災害時などの緊急時に学びを止めない手段として有効です。また、体調が悪い学生や、ハンディキャップがある学生も参加しやすい場合があるなど、現在、社会的に求められているダイバーシティへの対応がしやすいのも長所でしょう。よって、コロナ後も完全になくなることはないように思います。ただし対面授業と、オンライン授業では、教員に求められるスキルが大きく異なります。そう考えると、例えば、同じ講義が教室とオンラインの両方で、別の授業として開講されるといったことはありうるのではないでしょうか。

 コロナ禍の中で始まったオンライン授業。現状では教員の負担をはじめ、様々な問題があることは明らかだ。しかも対面授業が再開した場合も、基礎疾患等のため教室に来られない学生への対応として、オンラインでも授業を配信することが求められるなど、新たな挑戦が続くことになる。その一方で、オンライン授業はハンディキャップがある学生はもちろん、社会人の学び直しや、災害地でボランティアをしながらの授業への参加など、さまざまなニーズに対応する学びの場を提供する契機にもなりそうだ。現在、学生・教員双方が苦労しながら蓄積しているオンライン授業のスキルが、将来に活かされることを願う。

※この記事は、天狼院書店の「取材ライティング・ビギナーズ」の受講中に課題として書いた文章です。せっかくなので(?)、関心がある方に読んでいただければと思い投稿しました。私自身も週に一日だけ非常勤講師として大学の授業を担当しており、オンライン授業の大変さを実感していたことから、課題の題材に選びました。毎回丁寧なコメントをくださった池口先生、快くインタビューに応じてくださった河辺さん(仮名)、ありがとうございました!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?