見出し画像

麦酒屋るぷりん/銀座

今年、東京で十年を迎えるお店は、少なからず2011年に起きた東日本大震災の影響を受けています。「麦酒屋るぷりん」もその一つ。店主の西塚晃久さんは、店をつくる意義から考え直しました。

「自分はどうして店をつくりたいのか」
 という以上に、
「自分のつくる店が、どう世の中の役に立てるか」

綺麗ごとではなく、自分や家族や身の回りの大切な人たちがこの先も生きていくために。
それほど切実な理由で「店」をつくる時代がきたのだと実感した、エポックメイキングな1軒。
大志を秘めたその店は、日本のクラフトビール屋という顔をしています。

『料理通信』201210月号の、新米オーナーズストーリーより。
※原稿は掲載当時のものであり、2022年7月現在とは異なる場合があります。


画像1


2012.6.9 OPEN
「店を作ることで、どう世の中のためになるか。」


 もしも心の検索ワードランキングがあるなら、昨年の断然一位はきっと
「自分に何ができるのか」
 だろう。3・11以後、誰もが必死に探した言葉。まるで紀元前・後のように、日本には、その日を境に「変化」が突きつけられた。

 西塚晃久さんの紀元前、それは彷徨いの時代だった。
 料理人の父に反発し、やがて誇らしさを覚え、自身も飲食の世界を志す。
 しかし高校を卒業してすぐイタリア料理店に入店するも1年続けられず、フリーターとなって飲食のアルバイトを転々。「将来は自分の店を」という意志も薄れていく中、たまたま手伝ったベルギービールバーで、“ビール”“カウンター”というアイテムに出合った。

「普段、初対面の人と話し込む場面なんてそうそうないけど、カウンターを挟めば堂々と話せる。これは特権だと」
 大人にはこんな遊び場があるのか、と心打たれた二十歳に、「カウンターで、お酒で行く」という方向が見えてきた。

 仕切り直しである。
 酒の知識を広げるためバーに勤めながら、調理師学校の夜間部に入学。再びイタリア料理店に入店し、自信も資金も貯まってくると、「将来は自分の店を」から「こんな店を作りたい」と夢が現実味を帯びてくる。
 そこに、釘が刺さった。
「当時、周りをあっと言わせるような店を、と考えていた僕に父が言ったんです。それでは人の気持ちを動かせない、と」

 喧嘩の日々に、3・11がやって来た。
 自分に何ができるのか。西塚さんもまた心の検索にかけたが、昼も夜く身ではボランティア活動もできない。悶々としている東京人に、意外にも、東北の親戚や知人はカラリと言った。
「ボランティアに行くだけが支援じゃない。自分が行けなくても、現地に行く人を元気づけられるのがあなたの仕事」

 東京の、飲食業の、西塚さんだからできることがある。
 あらためて見回した時、放射能問題で海外移住したり、国産食材を買い控える状況に危機感を感じた。日本人が、日本をあきらめかけている。

 西塚さんの父は、日本料理「馳走啐啄」(2022年7月現在「日本料理 ときわ」)の西塚茂光さんである。
 幼い頃から日本の料理や食材、器も身近にあった。お酒の仕事をしてからは日本のワインに衝撃を受けたし、国産ビールやウイスキーも面白い。

 そんな風に、彼は日本育ちの良品を知っている。そこが伝われば、「日本人ってすごい」と顔を上げられる。
 だったら伝えることが自分の役割だ。
「この時ようやく、父の言葉の真意がわかりました。人の心を動かす店。それは、僕が店を作ることでどう世の中のためになるのかを考えなさい、ということです」

 西塚さんの紀元後が始まった。
「麦酒屋るぷりん」には、日本を応援するという芯がぴしっと一本通っている。通ってはいるが、決して押しつけがましくない。

 いや、むしろ重すぎては伝わらない。
 たとえば被災地の野菜を使いましょうではなく、視野はあくまでも丁寧に作られた日本の野菜。
 この野菜を横軸に、日本のクラフトビールを縦軸に、「ビールって野菜で飲めるんだ」とわくわくさせることができたら任務完了だ。

 料理を担当するのは、日本橋の洋食屋の家で育ち、北イタリアの料理で経験を積んだ西塚隼之介さん(たまたま同姓)。
 フィッシュ・アンド・チップスでもフランクフルトソーセージでもなく、彼が作るのはアンチョビ代わりにへしこを使ったバーニャカウダや、ぬか床代わりに麦芽かすを使った発酵料理。

 カウンターに立つ西塚さんは、まるでコーヒーを淹れるような静けさでビアサーバーを操り、「初対面の人」と穏やかな声で言葉を交わす。アゲアゲでなくスローダウン。
 ここにビアバルの喧噪はなく、あるのは本を読みたくなるようなカフェの呼吸。銀座というより吉祥寺か下北沢か。

 しかし思えば文明開化の時代から、銀座には常に新しい風が吹いていた。
 この町のど真ん中に、また風が吹いた。薄はりグラスで職人のビールを味わえば、紀元後の日本に希望が湧いてくる。

●2022年6月9日に10周年を迎えた「麦酒屋るぷりん」の軌跡は、発売中のdancyu20228月号の連載「東京で十年。」でお読みいただけます。

麦酒屋るぷりん
東京都中央区銀座6-7-7 浦野ビル3階
tel 03-6228-5728


サポートありがとうございます!取材、執筆のために使わせていただきます。