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遠い風近い風 archive

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現在も連載中のリレーエッセイ『秋田魁新報』の「遠い風近い風」。井川直子のアーカイブ集です。不定期に更新していきます。
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#不肖の娘でも

中秋の名月

先週は中秋の名月だった。 日頃からよく月を見上げてはいるものの、「次回、中秋に満月が重なるのは7年後」などと言われると、特別感が増し増しになる。 この日、東京の下町で取材を終えると、商店街の古い和菓子屋には『月見団子』の紙が貼られ、長い行列ができていた。 現代でもみんなお団子を供えてお月見をするんだな、と感心した私はと言えば、大人になってからすっかりお団子を食べなくなっていたのだった。 子どもの頃は毎年やってくる、けっこうなイベントだった。 母は月見をとても好んだ。 今に

珈琲豆を挽く

 原稿を書いているとつい、寒い暑いにトイレなど、人間活動の基本まで我慢してしまう。お腹が空いて、そこにみかんがあったとしても〝皮をむく〟ことに気を散らしたくなくて、耐えるほうを選んでしまう。  だいたい根が面倒くさがり屋なのだ。  起きてから寝るまで、小さな机と椅子に座りっぱなしでも全然苦じゃない。家でエコノミークラス症候群になりそうだなぁ、なんて一応気にしつつ、10時間でフィンランドに着いたとか、12時間でもうイタリアだ、などと妄想して喜んでいる。  ちなみにスマートフォ

不肖の娘でも

 先の4月、母についての本を出版した。タイトルは『不肖の娘でも』。離れて暮らし、介護ができない不肖の娘。それでも私はあなたの娘でありたい、という私の祈りの言葉である。  自費出版で少部数だけ作り、私のホームページや置いてくれる書店でささやかに売っている。  発売から二週間。続々と感想が寄せられているのだが、そこには決まってこう書いてある。 〝私も不肖の娘(息子)です〟 「故郷に病気の親を残し、罪悪感から、逃げるように連絡が滞っていました」 「長男なのに家業を継がず、母に

秋田のおやつ

 今、別の仕事でおやつの話を書いていて、そう言えば「秋田のおやつ」と呼べるものは案外多いなぁと思い出してみた。  上京して間もなくの頃、「おやき」という名で売られていたものに、青菜やかぼちゃの餡が入っていて驚いたことがある。皮もふっかりと厚みがあり、おやつというより食事という感じ。  これはおやきじゃない、と人知れずショックを受けた。  おやきなるものは全国にあって、土地によりさまざまだと後に知った。私の知るおやきは、米粉を使った薄い皮。餡は小豆の粒あんで、形は平たくの