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劇場と一体感、失われた音。

しばしば、劇場やコンサートで言われる「一体感」

今回のCOVID19で距離が必要になり、それが損なわれるという声もちらほら聞こえます。

確かにスポーツやロックコンサートでは随分雰囲気が変わりそうです。

ですが、歴史的に考えるとオペラ・ハウスはもともとそれほど「一体感」を感じて観る場所ではありませんでした。

1990年代になってもヨーロッパ諸国のオペラハウスのボックス席は「1席」の値段ではなく「ボックス」の値段で売られていたことをご記憶の方もいらっしゃるでしょう。(~名までと表記され、その空間を一人でも最大限の人数でも自由の使えたのです)

平土間席などはもちろん1席毎の販売でしたが、ボックス席はそうした販売形態のため、知り合いや関係者同士しかいない空間だったことは案外忘れられているのかもしれません。

かつては例えば映画監督ヴィスコンティが「ヴィスコンティ家」のボックス席をフェニーチェ劇場にもち、そこへ通っていたことは有名でしょう。(実は彼はバレエ演出も手掛けています)

そうした形で「家」として(曜日ごとだったり、年間だったり契約は様々パターンがありましたが)ボックス席を持ってそこから見るものだったわけです。隣のボックスには「~家」とそうしたことも変わらなかったわけです。

今ではボックス一つを自分の空間にするにはその席を1席ずつ買い占めなくてはできませんので、そうした空間を体感するのは簡単ではなくなりました。

幸いにも私は以前イタリア、ローマ歌劇場で体感することができました。本当に偶然だったのですが、正面ボックスのチケットを1席分購入したところ、他に人が来なかったのです。

ボックスを独り占めするという珍しい体験をしただけでなく、たまたま会場で会った知人をそこへ招き、一緒に見るというかつてのオペラ・ハウスで自分のボックスをもっていたらできたであろう体験をすることができました。

そうした空間や体験からバレエ・リュスの当時の観客について思いを巡らせる時間ともなりました。(ローマ歌劇場はバレエ・リュスもしばしば公演を行ったところです)

ちなみに失われたものが多いオペラ・ハウス、以前は席でワインやシャンパーニュを楽しむのはヨーロッパ諸国では当たり前でした。

ボックス席にはお願いしておくと足つきのワインクーラーが用意されていました。開幕前や幕間にはプシュッと開栓の音が聞こえ、時にはグラスの触れ合う音、そして2幕目になるとそこここのボックス席から氷が解けて落ちるシャリン、解けた氷がワインクーラーに当たるカランといった音も効果音のようで心地良いものでした。

劇場の温度は胸元が空いたドレスの女性も寒くない程度に温められているのが常でしたから、氷はよく溶けたのです。

今だとうるさい、と「雑音」扱いかもしれませんが、何とも優雅な空間を演出する音でした。

いつかあのボックスで好きな人、あるいは人達とシャンパーニュをと学生時代の私は夢見ていました。

その後オペラハウスでは大体改装を機にそうした会場での飲食をロビーのみとし、残念ながらそれは今後実現する確率は極めて低くなってしまいました。

バレエ・リュス時代には確実に聞こえていたであろう劇場の音、そうした事は覚えていたいな、と思っています。

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