「レクイエム」とは何か〜【Concert】二期会スペシャル・コンサート ヴェルディ『レクイエム』

 昨年行われる予定だった東京二期会によるヴェルディ『レクイエム』のコンサートが、指揮者を当初予定されていたダニエーレ・ルスティオーニからアンドレア・バッティストーニに変更して、東京オペラシティコンサートホールで開催された。ソリストは、ソプラノ・木下美穂子、メゾソプラノ・中島郁子、テノール・城宏憲、バス・妻屋英和。オケは東京フィルハーモニー交響楽団。

 ヴェルディの「レクイエム」が「教会音楽」から遊離した性格を持っていることは初演時から指摘されていることであり、今でも多くの聴き手はこの作品を「ドラマティックなコンサート・ピース」として享受している。その意味では、当夜の演奏はそのクオリティからいっても一流の「コンサート・ピース」であったことは間違いない。例えば、2階席にコの字型に配された合唱は、ホールの音響空間も手伝ってちょうど頭上から声が降ってくるような効果をもたらし、たいへんドラマティックな効果をあげていた。

 バッティストーニはこの作品の持つ「劇性」を存分に表出してみせた。それは、オーケストラのピアニッシモの繊細さと「怒りの日」(今や「エヴァンゲリオンの音楽」といった方がわかりやすいのかも)の爆音との振り幅や、ソロから重唱、そして合唱へと行き来する声のコントラストなどから聴き取ることができる。静謐さと獰猛さ、ピュアとゴージャスとのコントラストはヴェルディの得意技なのだから、彼のオペラを数多く振っているバッティストーニがそこを前面に押し出してみせたのは、ある意味で当然のことなのだろう。全曲を暗譜で、しかもほぼずっと歌手と共に歌い(実際に声に出していたかはわからないが、オペラグラスを通して彼の口がテクストの通りに動いているのは確認できた)、さらにクライマックスでは飛び跳ね踊るように指揮したバッティストーニが描き出したのは、「ヴェルレク」の核にあるのは彼のオペラとも共通の「劇性」であるということだ。そしてそれは、ある意味で大正解なのだろうと思う。

 だが、聴き手をグイグイと吸引する音楽を聴きながら私の頭からずっと離れなかったのは、「レクイエムとはそもそも何なのか」という疑問だった。ためしに『平凡者音楽大辞典』で「レクイエム」の項目を引くと、冒頭には次のような文章が書かれている。

キリスト教における、使者のためのミサ典礼のこと、またその式文を歌う音楽(ミサ曲の一種)のことで、レクイエム(「安息」の意)は冒頭の語からきた名。死者が天国へ迎え入れられるよう神に祈る典礼であって、死者の霊に直接働きかけるものではなく、鎮魂曲、鎮魂ミサなどの呼称は適当でない。

 いうまでもなく「レクイエム」とは、第一義的にキリスト教における典礼の音楽である。つまり、そこにはある種の「精神性」(「聖性」と言い換えてもよい)がなければならないだろう。無論、「精神性」といい「聖性」といってそれが音楽の中にどのように表現されているのかを言葉にするのは困難だが、例えば宗教作品を聴いた時に共通して感じるのは、人間を超えた大いなるものの存在、絶対的な何かの力、といったものではないだろうか。そう考えると、例えば同じように19世紀に書かれたフォーレの「レクイエム」(フォーレはこれを「楽しみのために書いた」と述べている)に比べると、ヴェルディのそれからは「聖性」よりも人間的な「劇性」が押し出され過ぎていると感じるのは私だけだろうか。この曲のテクストはもちろんミサの式文に則っているが、例えばこれをまったく別のテクストに変えても「音楽」の本質には影響しないのではないか、と思われる。むしろ何か別の、もっと物語性を持ったテクストで歌われれば、それはヴェルディの他のオペラに匹敵するようなオペラ(あるいは、一種のオラトリオ)に分類され得る作品であるような気がする。

 もちろん、私はこの作品に「精神性がない」などというつもりはない。というか、この作品が「レクイエム」である以上、やはり確固たる聖性、精神性を宿しているはずなのである。それを知るためには、この作品はもっとオペラ的ではないアプローチ、もっと繊細でもっと内的なやり方で演奏されるべきではないのだろうか。それには、オペラとは違うドラマトゥルギーが表現される必要がある(もし当初の予定通りルスティオーニが振っていたらどうだったろうか、とも思う)。ヴェルディはそもそもこの作品を「教会の音楽」ではなく「劇場の音楽」として書いたのだから、そのように演奏されるべきである、というのなら、私はやはり「レクイエム」としては好きになれないなと思ってしまう。いつか私の価値観を覆すような演奏を生で聴いてみたいと願うばかりだ。

2021年8月12日、東京オペラシティ コンサートホール。

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