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今、考え得る最高の3人〜【Opera】クレッシェンテ プレミアムコンサート2021『椿姫』ハイライト

 読売テレビの呼びかけで結成されたグループ「クレッシェンテ」は、ソプラノ森谷真理、テノール宮里直樹、バリトン今井俊輔、ピアノ多田聡子の4人からなる。2020年9月にはデビュー・ツアーを開催、東京・神奈川・埼玉・兵庫・大阪・京都でその歌声を披露した。そんな「クレッシェンテ」が、紀尾井ホールでヴェルディ『椿姫』のハイライト公演(休憩なし、90分)を行った。結論から言ってしまおう。今日本で『椿姫』を上演するとしたら考え得る最高の3人だったと思う。

 森谷真理の最大の長所は、発声にまったく無理がないところ(だから、琵琶湖ホールの『ローエングリン』から中1日というスケジュールでもヴィオレッタが歌えてしまうのだろう)。声のコントロールはほとんど神業ともいうべきで、ピアニッシモの美しさは特筆に値する。そして芯の強い、しかし運命に流されて命を落とすヴィオレッタの悲劇を、気を衒うことなくストレートに演じていた。

 「日本には良いテノールが少ない」という声をよく聞くが、「ここに宮里直樹がいる!」と大きな声で言いたい。純情で恋に一途で、それゆえに愚かなアルフレードはまさに「テノール」を代表する役。宮里の声は澄んだ美声で、高音が見事に輝く。アルフレードの「若さ」が光る演技だったことも高得点だ。

 「父親のエゴと愛情」をどう描くか、が『椿姫』というオペラのひとつのポイントであると思うが、今井俊輔のジェルモンは、冷徹なだけでなく、ヴィオレッタの運命に深い同情を寄せる姿もみせる。深く柔らかい低音はとても品があり、それがジェルモンという男性のキャラクターに奥行きを与えている。

 劇は、年老いたフローラが昔を思い出して語り出すという体で始まる。フローラ(とアンニーナ)は劇団昴所属の女優・磯辺万沙子(台本は文芸座の斉藤裕一)。例えば第2幕のフローラのサロンの場面などは、合唱が登場するためもあるだろう、バッサリとカットしてその代わりに語りで繋いでいくのはなかなか良い案だと思った。一方で、磯辺の語りはさすがプロで素晴らしかったが、あまりに良すぎて逆に音楽との間に齟齬が生じてしまう瞬間があった。「音楽の演技」と「語りの演技」とは性質というか次元が異なるので、それがぶつかったり、すれ違ってしまうのだ。もちろんそれを高次元で有機的に融合させるのが困難な課題であるのはわかっているし、本公演については十分に満足できる出来だったのは確かだが、オペラのハイライト公演ではどのようなスタイルがベストなのかは、今後の課題かもしれない。

 アンコールに「朧月夜」が演奏されたが、ドビュッシー「月の光」を織り込んだ多田聡子のアレンジがおしゃれ。「ムーン・リヴァー」での3人のコーラスも上質で、音楽の喜びを存分に堪能した一夜となった。

2021年3月8日、紀尾井ホール。

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