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【Concert】山本耕平ソロコンサート『君なんかもう…』vol.2

初めて山本耕平さんの声を聴いたのは、2013年の東京二期会『ホフマン物語』だ。その時すでに「すごい新人がいるらしい」と話題になっていた山本さんが歌ったのは、第1幕に登場する学生のひとりナタナエル。ほんの短い出番だったが、その美声が印象に残った。歌手にとって重要な要素は色々あるが、中でも「声」は努力ではどうにもならない、天からの贈り物である。山本さんはそのギフトをもらった人なのだと思った。

その翌年山本さんは、『ドン・カルロ』のタイトルロールで「新人」らしからぬパフォーマンスをみせて一躍トップ・テノールの仲間入りを果たした。同じ年に五島財団の奨学金を得てイタリア・マントヴァに留学。1年の研修を終えて今年帰国したが、その間に2枚のアルバムをリリース。さらにこの3月からは文化庁新進芸術家海外研修の研修生として、再びイタリアにおもむくことになっている。今回のコンサートは、日本を離れる前に山本耕平の「今」を届けたいという彼の思いが強く感じられるものとなった。

プログラムは、昨年11月にリリースされたセカンド・アルバム「君なんかもう」からのナンバーが中心。前半は、タイトル・チューンである「君なんかもう」などトスティの歌曲と、テノールとしては外せない名アリア「女心の歌」、そして現在イタリアでの勉強の中心になっているというロッシーニの作品が2曲披露された。中でも驚いたのはロッシーニである。日本で聴いた山本さんは『ドン・カルロ』に『リゴレット』と、どちらかというとヴェルディ作品のテノールのイメージが強かったので、ロッシーニは路線変更、というか「新しい挑戦」といえる。コンサートを聴く限り、その挑戦は大きな成果を上げているようだ。歌劇『セヴィリヤの理髪師』のアルマヴィーヴァ伯爵のアリア「暁に曙光は微笑み」でみせた見事なアジリタは、彼が「声」という自分の楽器をいかに細心の注意を払って鍛えているかを実感させた。さらに前半ラストに置かれた歌曲「踊り」。早口でまくしたてるようなメロディが連続する曲だが、少し注意深い聴き手なら彼がどれほどの技術を駆使しているのか気づいたにちがいない。「軽い歌」は喉のコントロールがものをいうが、「踊り」での彼のそれは完璧に近く、またその表現力はまるでオペラの舞台を観ているようだった。

「よい歌手」であるための条件にはいくつかのレベルがある。最初に述べたように「美声」は、持って生まれた資質だ(ちなみに彼はテノールには珍しく、中低音の美しい、深みのある声の持ち主だが、もともとはバス専攻だったと聞いてなるほどと思った)。もちろんただ声がいいだけでよい歌手になれるわけではない。歌唱技術を磨くのはもちろんの事、体が楽器である歌手にとっては日々の肉体的な鍛錬も欠かせない。山本耕平さんが、そのいずれもを備えた歌手であることは、コンサートを聴いた人なら誰もがうなずくだろう。だが、彼にはもうひとつ、他の歌手にはない大きな特徴がある。それは、どんな歌にも山本耕平という「ひと」があらわれているということだ。

もちろん、本当に彼がどういう人なのかはわからない。だが彼の歌からきこえてくるのはいつも、「邪気のない明るい心」なのだ。「邪気がない」というのは文字通りよこしまなところがない、ということ。それは彼の歌へのまっすぐな愛情と献身につながっているだろう。そして「明るさ」は、誰にでも分け隔てなく注がれる太陽の光のように、あたたかく優しい気持ちをもたらす。彼の歌を聴くとき、私たちは何のためらいもなく、安心して歌という豊かで実り多い森へと入りこむことができるが、それは彼という案内人が「邪気のない明るい心」で誘ってくれるからにほかならない

最後に歌った「ミ・マンキ」は、イタリアのポップスシンガー、ファウスト・レアーリのヒット曲を、山本さんと前田たかひろさんとが日本語に訳したもの。今はいなくなってしまった女性へのせつない思いを歌い上げるこの曲は、山本さんの声にぴったりで、おそらくこれから生涯彼が歌い続ける作品になるのだろう。また、「外国の歌に日本語の歌詞をつけた」ときによく感じる違和感がまったくなく、言葉と音楽とが調和しているのが見事だ。ファースト・アルバムにはイタリア語バージョンが収録されているが、個人的には日本語の方がずっといいと思う。

ちなみにこの曲には、イタリアらしく男の色気がふんだんに盛り込まれているが、山本耕平の発する「色気」はやはり邪気がなくピュアだ。私にはそれがとても好ましく思えたが、もしかするとこれから幸せだったり悲しかったりする様々な経験を積むことで、山本さんの「邪気のない明るい心」に少しばかりの奥行きが生まれて、これとは違った「色気」が醸し出されるのかもしれない。そのときにはぜひもう一度、この「ミ・マンキ」を聴いてみたい。おそらくそれは、2年後のことになるだろうけれど。

2016年3月13日(日) トッパンホール

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