20171101KazukiYamada-1413のコピー

【Concert】山田和樹指揮東京混声合唱団「横浜能楽堂で聴く 伝統芸能と合唱の出会い」

 平成28年から5年間のシリーズとして始まった神奈川県立音楽堂のアフタヌーンコンサート「山田和樹指揮東京混声合唱団特別演奏会」。今年は、県立音楽堂が改修工事のため、場所を横浜能楽堂に移して開催された。テーマは「伝統芸能と合唱の出会い」。能楽堂という伝統的な空間で、西洋音楽である合唱と日本の伝統芸能とが結びついた音楽を展開しようという、山田和樹の意欲的な発想が結実したかたちだ(今回の企画について、山田和樹にインタビューを行った記事が『kanagawa ART PRESS』に掲載されているのでご参照されたい)。

 コンサートは、まず、オーストラリアの原住民アボリジニの伝統音楽を題材に、作曲家リークがつくった《コンダリラ(滝の精)》から始まった。大地をわたる風の音、鳥たちの鳴き声、水の流れ。声が奏でるそれらの音によって、能楽堂が一瞬にしてオーストラリアの大自然へと変貌し、客席に座る私たちはその真っただ中にいるような感覚にとらわれる。

 続く2曲目は、ヴィラ=ロボスの《ブラジル風バッハ第9番》。作品自体がすでに、バッハという西洋音楽のスタイルにブラジルの民族音楽の要素が結びついたハイブリッドだが、それがさらに能楽堂という空間に響き渡ることで、西ヨーロッパ/ブラジル/日本という3つの異なる文化が微妙に混ざり合い、融合した音空間を形作っていく。1曲目で繰り広げられた大自然の情景は、極めて精緻に組み立てられた大伽藍へとすがたを変えたが、奏でられる音楽のテクスチュアやスケール感が変わらないために違和感はまったくない。考え抜かれた選曲といえるだろう。

 コンサート全体は、柴田南雄の《追分節考》と《萬歳流し》 という2つのシアターピースを軸に構成されている。前者は長野県碓氷峠を往来する馬子が歌う民謡「追分節」を、後者は秋田県横手市に伝わる横手萬歳(すでに継承者がいない重要無形文化財)を題材にした作品で、演奏者が客席の間を自由に動きながら演奏するというスタイルを持っている。前半の最後にまず「萬歳流し」が披露された。萬歳は、太夫と才蔵の2人組が家々を回って新年を祝う角づけ芸。この作品では、扇子を持った太夫と鼓を打つ才蔵(烏帽子を被り素襖を身につけている)が数組登場し、客席の間をねり歩きながら節のついた祝いの口上を述べる。さらに、能舞台の上では女声合唱がちょうどオーケストラ伴奏のようなポリフォニーのメロディを奏でるが、やがてそれらはひとつの音響体へと統合されていく。

 こうした、「様々なメロディ・リズム・ハーモニーの断片」が空間の中で組み合わされてひとつの「大きな音響体」へと統合される、というスタイルは、もうひとつの柴田作品《追分節考》にも共通している。《追分節考》では、その組み合わせを指揮者がその場で即興的に指示を出すことで意図的につくりだすのだが、基本的な構造は同じである。これは、実は今回休憩後に披露された《合唱によるフリージャズ》の概念とピタリと重なる。「フリージャズ」と名付けられているように、一切のルールを決めず、つまりテーマもモティーフもなく指揮者がリズムをカウントすることもない、完全に奏者の自由に任せた即興演奏だったのだが、目指すところは、そうした「自由な」音たちがひとつの「音楽」へと自律的に収斂していくことだったと思われる。残念ながら、今回はバラバラな「点」があっただけで大きな「音楽」にはならなかったが、東混メンバーの技量をもってすれば決して不可能ではないだろう。ちなみに、アンコールで2人の尺八奏者(関一郎、藤原道山)が山田の急な無茶ぶり(!)に応えて即興の「フリージャズ」を披露したのだが、互いに相手の出方をみながら新しい音が次々に生まれていく様は実にスリリングだったし、最終的にはまるでコンチェルトのような競い合う「音楽」が生まれていて思わず息を飲んだ。東混がこの域に達するのを楽しみに待ちたいと思う。

 能楽堂の音響はアカペラの合唱を聴くのにうってつけで、またサイズ的にも通常のコンサートホールより奏者が身近で、今回取り上げられた作品の理想的な形態が実現していたのではないか。県立音楽堂の改修という物理的事情が生み出したものではあるが、それを逆手に取った山田和樹の発想と企画の勝利である。

 山田の指揮は、声という単一の音色の楽器からいかに複雑でスケール感のある響きを生み出すか、という点に特に力を傾けていた。思うにそれは、彼が「人間の声」に特別な理解と愛着をもっているからではないだろうか。実は本シリーズの再来年のテーマは「合唱とオペラ」だということが本日発表された。「声の指揮」に才能のある山田和樹のこと、当たり前のコンサートになるはずもない。今から楽しみで仕方がない。

2018年8月23日、横浜能楽堂。

 

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