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音楽が生まれ落ちる瞬間を描き出す〜【Cinema】映画『ボレロ 永遠の旋律』


 クラシックという枠を超えて人口に膾炙している名曲「ボレロ」。公式サイトには「ラヴェルはボレロを憎んでいた」という文言が踊り、あたかも「あの名曲誕生の背景にはこんな驚くべきエピソードが!」という作品のように思わせるが、これは決してそんな「名曲誕生秘話」的なありきたりの映画ではない。

 もっとも印象に残ったのは、ラヴェル(ラファエル・ペルソナ)がイダ・ルビンシュテイン(ジャンヌ・バリバール)に急かされる中で「ボレロ」を生み出そうと悩み続けるシークエンス。雨だれや鳥の声や足音、何かを叩く音、遠くから聞こえる音などまだ形にならない「音」が響いてくる様子は、まるでラヴェルの頭の中をのぞいているかのようだ。そして、ふとした拍子にあのスネアのリズムの断片が顔をだす。例えばテーブルを叩いた時、家政婦と一緒に歌う「バレンシア」の伴奏…。これは「音」が「音楽」へと結実するまさにその瞬間を映像で描こうとした映画なのだと思った。

 もちろん、伝記的記述だけではよくわからないラヴェルのすがたを細やかに描いていくこともこの映画の主眼のひとつではあろう。特に、さまざまなエピソード(ローマ大賞に5回つづけて落ちたこと、第一次大戦で従軍したこと、など)を時間軸を移動させながら描いていく手法は、映画全体になんともいえない現実離れした浮遊感のようなものを与えていて、それがラヴェル(ラファエル・ペルソナ)その人の、時に過剰な神経質さとなって表れる繊細さと重なっていく。しばしばラヴェルは「同性愛者」ではなかったか、といわれるが、アンヌ・フォンテーヌ監督は明らかに彼を「アセクシャル」として描いている。「アセクシャル」であるがゆえに、周囲の女性たち/人間たちとの間に微妙な距離をとっている姿は、私自身が思い描いてきたラヴェル像にピッタリと当てはまる。

 ラヴェルを取り巻く4人の女性たちをはじめとするキャストはそれぞれに魅力的。ミシア・セール(ドリヤ・ティリエ)はきっとあんなふうに長身の知的な女性だったのだろうし、マルグリット・ロン(エマニュエル・ドゥヴォス)の大地を思わせるあたたかさも好ましい。家政婦のルヴロ夫人(ソフィー・ギルマン)が靴を届けるエピソード(これはラスト近くにつながる重要なもの)は、彼女をラヴェルが心から信頼していたことを感じさせる。ピアニストのアレクサンドル・タローが感じの悪い批評家のラロを演じているのもニヤリとさせる。ちなみにラヴェルがピアノを弾くシーンの手のアップはタローのもので、また劇中のピアノ曲はタローとラヴェル役のペルソナが弾いているとのこと。モンフォール=ラモリにあるラヴェルの家が撮影場所になっているのもラヴェル好きにはたまらない点だが、何より目を惹かれたのは登場人物がまとう1920年代の衣裳だ。ラヴェルが着こなしているスーツはシャツの襟の形、ネクタイの結び方にまで注意が払われているし、ミシアの服はため息が出るほどお洒落。ジャポニスム、ジャズ・エイジ、未来派、バーバリズム…両大戦間の様々な芸術と文化の思潮がそこかしこに散りばめられているのも見事である。

2014年8月15日、TOHOシネマズ川崎。

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