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28年ぶりに再演された日露合作オペラ〜【Opera】二期会デイズ『光太夫』

 オペラ『光太夫』は、江戸時代後期に船が難破してロシアに漂着、およそ10年のちに帰国した大黒屋光太夫の半生を描いた作品。声楽家で旧ソ連とも関係の深かった故・青木英子が、ロシアを舞台にしたバリトン主役のオペラをつくりたいと考え、桂川甫周の『北槎聞略』をもとに台本を書いた。台本はロシア語に翻訳されアゼルバイジャン出身のファルハング・グセイノフが作曲。1993年9月7日にテレビ朝日主催で東京・Bunkamuraオーチャードホールほかで演奏会形式で初演されたのち、日本では再演の機会がないままとなっていた(ちなみにロシアでは2018年にモスクワの「音楽の家」で初演されている)。今回、二期会デイズの企画としてバスの岸本力プロデュースのもと、初演で光太夫を演じた勝部太の協力を得て再演の運びとなった。

 1782年、光太夫は伊勢国白子浜から江戸に向けて出航するが途中で嵐に遭い、アムチトカ島に漂着する。飢えと寒さで次々に仲間たちが死んでいくが、島にやってきたロシア人たちと共に船を修復してカムチャッカへ渡り、そこからは徒歩やソリでオホーツクを経てイルクーツクに向かう。イルクーツクで出会った博物学者ラックスマンの知己を得、また彼の娘ソフィアと恋に落ちる光太夫。やがて彼はラックスマンと共にペテルブルクへ行き、エカテリーナ2世に謁見。10年ぶりに帰国したものの、鎖国中の日本は光太夫を罪人として扱う。自分は果たして帰国して正解だったのか、苦しみながら光太夫はソフィアとの思い出を噛み締めるのだった(実際の大黒屋光太夫は桂川甫周をはじめ多くの知識人と交流し、新たに妻を迎えるなど、比較的自由な生活を送ったそうであるが)。

 音楽はおしなべて抒情的で聴きやすく、ややもすると通俗的ですらあるが、ミュージカルか映画音楽のようなわかりやすさは個人的には嫌いじゃない。テクストはすべてロシア語だが、そもそも日本人の話なので日本語でいいような気もする。ある年代以上の日本人は日本語訳のロシア民謡にとても親しんでいる(「カチューシャ」とか「黒い瞳」とかですね)し、ロシア民謡のようなメロディも多いのでメロディの美点は損なわれないと思う。もちろん「ロシア語のオペラ」という意義は認めるところだが。

 そうした「わかりやすさ」がある反面、「オペラとしてのドラマトゥルギー」という点では不満も残る。作品は曲の間をナレーション(大山大輔)で繋いでいくスタイルなのだが、例えば第1幕でみんなで船を作るシーンなど、合唱や重唱のアンサンブルをもっと有効に活かせばナレーションに頼らないでドラマが展開できるのではないかと思わせる箇所が散見された。

 エカテリーナ2世に謁見した光太夫が三味線を披露するシーンがあるのだが、演奏内容は楽譜には書かれておらず、今回三味線を担当した中田誠が稽古場に通いながら音楽を考えたそうだ。演出(クレジットは「構成」)の太田麻衣子によれば「今回は三人光太夫で」とサジェスチョンしたそうで、確かにここは、歌手・ナレーター・三味線の3人がそれぞれに演じた「光太夫」が統合されるようなシーンだったと思う。

 歌手の中ではやはりタイトルロールを歌った加耒徹が頭ひとつもふたつも三つも四つも(!)抜け出ていた。加耒は、「ロシア語の作品を歌っていくのはライフワーク」と語っていたが、ディクションも正確だし、ピッチも安定していて感情表現が豊かで飽きさせない。彼が歌うと舞台に装置や背景が見えてくるよう。ヴィジュアル的には今風のイケメンなのだが、歌が骨太なのだ。今後彼が演じるオネーギンなども観てみたい。

 二期会デイズは、こうした珍しい作品を舞台にあげることが多いが、願わくば「珍しい作品をやりました」で終わらず、今後さらに全曲の舞台化などにも取り組んでいってほしいと思う。

2021年5月28日、サントリーホール ブルーローズ。

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