「もの忘れについて」 -認知症とともによりよく生きる -

 認知症の人と家族の会福岡県支部の月刊広報誌「たんぽぽ」に「認知症とともによりよく生きる」という連載を行っています。今回、許可をいただいてnoteにも転載することとしました。 
 こちらの記事は、2019年12月号に掲載されたものです。

 今回は、「もの忘れ」について取り上げます。一般に認知症といえば「もの忘れ」というイメージがあります。一方で、皆さんの中にも「若い頃と比べると記憶力が落ちていて、最近もの忘れが多い」とお感じの方も少なくないかもしれません。しかし、多くの認知症に伴う「もの忘れ」と、加齢に伴う「もの忘れ」は異なります。
 この違いを理解するには、記憶の仕組みを知る必要があります。記憶には、記銘、保持、想起の三段階があります。新しい出来事を記憶(記銘)し、この記銘したものを記憶の棚の中に保存(保持)し、必要な時に記憶の棚の中に保存されているエピソードを思い出す(想起)という三段階です。多くの認知症では、記銘の段階が障害されます。つまり、新しいことを覚えるのが難しくなるのです。一方で、想起の段階は認知症が重度になるまで障害されないので、以前の出来事について思い出すことは可能です。親と離れて住む子どもが「うちの母は認知症ではないです。だって私より昔のことを覚えています」と話すことがありますが、これは上記の仕組みを理解できていません。一方で、加齢に伴って難しくなるのは想起の段階です。長年生きていると記憶の棚がエピソードでいっぱいになります。このため、思い出そうとしても必要なエピソードをどこにしまったかわからなくなるのです。しかし、記憶の棚の中にエピソードは残っているので思い出すことがきます。「久しぶりに会った人の名前が思い出せないが、言われると思い出す」といったことは皆さんも経験されるのではないでしょうか。

 「回想法」という心理療法があります。これは、昔の懐かしい写真や音楽などを使用して昔の経験や思い出を語り合うものです。認知症となっても記憶の保持と想起の段階は比較的保たれているため、その部分を刺激し脳を活性化させようという取り組みです。また、一般に感情が伴う記憶は残りやすく、これは認知症の人にも当てはまります。回想法で、ポジティブな感情を伴う記憶を刺激することは、精神面にも良い影響があるのではないかと考えられています。逆にネガティブな感情も残りやすいため、もの忘れが悪化し同じ質問を繰り返す人に「さっきも言ったでしょ!」と怒っていると、怒ってきた人を見るだけで嫌な感情がわきあがり落ち着かなくなるということもあるため注意が必要です。


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