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イヤー・トレーニングのすすめ(第2回):リズム編

こんにちは。名古屋でジャズを演奏している吉岡直樹です。

「イヤー・トレーニングのすすめ」のシリーズの2回目です。前回の記事では「耳がよい」演奏者とはどのようなことかを説明しましたが、今回からひとつずつトピックを決めて具体的な話をすすめていきます。

聴音といえば、ソルフェージュを連想する方もいるかも知れません。しかし、私の考える「耳のよさ」とは、そのような狭い意味での「音感」だけを扱うのではなく、音楽を構成するすべての要素、すなわち、リズムやアーティキュレーション、ダイナミクスなど、演奏を行う上で欠かすことのできないあらゆることが対象になることも説明しました。

今回はリズムを扱います。さっそく話をすすめていきましょう。

スウィング感を自己診断してみよう

さて、私はジャズを専門にしていますし、この記事をお読みの方もおそらくジャズを演奏されるということでこの記事にたどり着いた方も多いのではないかと思います。

もちろん、そうでない方もいらっしゃるでしょう。クラシック、ロック、ラテン、ポップス、あるいはアフリカ・中東・インドなどの民族音楽、それに、日本の伝統音楽を演奏される方もいらっしゃるかも知れません。それぞれの音楽ごとに固有のリズムがあり、多くはそれぞれの言語や舞踊と密接に関わりがあります。

スウィングのリズムとは

ここでは、ジャズ音楽に特有のスウィングのリズムで説明しますが、それぞれ他の音楽のリズムに置き換えて読むことも可能ではないかと思います。もし参考になれば嬉しいです。

さて、ジャズを演奏する人にとっては常識なのですが、スウィングというリズムとは、本来均等に演奏されるべき8分音符を、いびつに、すなわち、拍のオモテの8分音符をより長く、ウラの8分音符を短く演奏するものです。一般に三連音符のように、$${ 2:1 }$$で演奏すると説明されることが多いです。

ただし、私自身もそうでしたが、特に初心者の頃はこのスウィングのリズムで演奏しようとしてもなかなかうまくいきません。「むっかしーむっかしーうっらしっまはー」のような、三連符の中抜き(8分音符+8分休符+8分音符による三連符)の、いわゆる唱歌や軍歌のような、妙に勇ましい感じになってしまうことがあります。おそらく日本語のリズムに引きづられてしまうのでしょうね。

このようにスウィングのリズムは単に三連音符で演奏すれば良いというわけではなく、自然なジャズのスウィングのメロディを演奏するには、フレーズ全体のアーティキュレーションやアクセントなどのバランスを適切に演奏することが必要です。つまり、まずはいろいろなジャズを注意深く聴いて、スウィングとは何かを耳で理解することが大切なのですね。

Killer Joe のピアノのリズムを歌ってみよう

さて、それではここで、みなさんがスウィングのリズムをどの程度きちんと身体で理解しているか、セルフ・チェックしてみましょう。

ジャズ・ファンであれば、ベニー・ゴルソンの名曲 Killer Joe はご存知ですね(知らなくてもこのまま読みすすめて大丈夫です)。この曲は、イントロ、そして、セクションAでピアノが演奏する伴奏の繰り返しパターンが印象的です。このとき、ベースはウォーキング・ベースラインを、またドラムはふつうにタイムを演奏しています。

Killer Joe のピアノの繰り返しパターン

さて(もしご存知なければ、一度音源をチェックしてコーヒーで一服してから)、ベースの4分音符を手拍子でもしながら、口でピアノが演奏するリズム(上記)をしばらく歌ってみましょう。音痴でも構いません。ここで大切なのはリズムです。

答え合わせ

それでは、自分のイメージが明確なうちにさっそく答え合わせをしてみましょう。

お手持ちのCDやLP、あるいはスマホやPCで Killer Joe を再生してみましょう。ベニー・ゴルソン本人の演奏でも良いですし、他の人のカヴァーでも構いません。ただし、ここではできればネイティブの、できるだけ信頼できるアーティストが演奏しているものを聴いてみましょう。ただし、まれに、このピアノのパターンを演奏していないテイクもありますが、それでは「答え合わせ」になりませんから、このパターンを採用しているものを聴いてみましょう。

先ほど、自分で歌ってイメージしてみたピアノのリズムパターンと比べて、実際の演奏はどうでしたでしょうか。イメージ通りでしたか。それともだいぶ異なっていましたか。

もし、自分のイメージしていたのとは違うなという方、なんとなく納得いかなかったり悔しい思いをしたり、という場合は、いろいろな人の演奏するKiller Joe の冒頭のピアノのパターンを聴き比べてみてもよいでしょう。

私の場合

ここで、私の経験について少し説明させてください。

私の場合は、ある日、移動中の車のオーディオから、たまたま Killer Joe が流れてきたのです。誰だったか忘れましたが、ピアノ・トリオだったと思います。

その演奏もご多分にもれず、上に示したお決まりのイントロで始まったのですが、そのとき、私はがつんと殴られたような衝撃を受けました。「あれ。2拍目ウラの8分音符のウラの位置って、こんなに深かったっけ?」と。

Killer Joe を私が始めて聴いたのは中学時代で、ザ・ジャズテットという、アート・ファーマーとベニー・ゴルソンによる双頭クインテットのCDでした。中学時代はお小遣いもありませんでしたから、それこそこのアルバムも何度も何度も繰り返し聴いてきたはずです。

大学になってベースを始めてからもこのレコードは好きで聞いていましたし、また、他のバンドが演奏する録音も、部室、先輩の車のなか、そしてお店の休憩中など、こんにちに至るまで何度となく耳にしてきたはずです。

それまでは、特に気にもしていなかったピアノのお決まりのリズムについて、ある日、「あれ?」と気になったのです。これはいったいなぜなのか。

ある日突然8分音符の深さに気づいたわけ

理由はいろいろと説明できると思います。

それまで気に留めなかったことに気づくこと

例えば、久しぶりに小説やコミックを読み返したり、あるいは、昔見た映画を何年かぶりに見直したときに、以前と印象が違って感じたと経験がある方も少なくないと思います。もちろん、単純に細かなエピソードやキャラクターについての記憶を取り違えていたということもあるでしょう。しかし、人生経験を積み、社会的な立場も変わったことで、登場人物に共感したり、これまで気づかなかった作者のメッセージを受け止めることができたりということもおおいにありうることだと思います。

もし、皆さんが外国語を学んでいて、それがその言語による作品だったとしたらどうでしょう。今日までの語学力の向上によって、より正確に意味を捉えるだけの読解力や聴解力、あるいは、文脈全体を見通す余裕のようなものが身についたことで、作品をきちんと受け止めることができたといえるのではないかと思います。

つまり、自分が成長したことで、これまで気づかなかったこと、気にも留めなかったことに、気づくことができるようになったといえるのです。

音楽の場合も同じではないでしょうか。

演奏活動をしていると、自分のできないところ、課題に気づくことがあります。メンバーから指摘されることもあるでしょう。

また、よいライブやレコードを聴くと、もっとうまくなりたいな、スウィングできたら楽しいだろうな、スウィングするとはどういうことなのだろうか、といろいろ考えさせられることもあります。そうすることで、練習やレコードの聞き方を自ずと工夫するようになるでしょう。感覚も鋭敏になります。

そのようなときに、私はたまたま Killer Joe の演奏を耳にし、そして自分のイメージとのギャップに愕然となったというわけです。

皆さんにも、私の体験を擬似的に追体験していたけたらと考えてKiller Joeを思い浮かべて、その後実際の音源と比べていただいたのですが、どうだったでしょうか。「自分のイメージ通りだったよ」という方、私のように自身とのギャップに多少なりとも衝撃を受けた方、あるいは、違いや意図がよくわからなかったという方もいらっしゃったかも知れません。

気づくことによって目標を具体的に設定できる

ジャズを演奏していれば、「リズムが悪い」「スウィングしない」とよく言われることがあるでしょう。

自分で、「リズムがよい」「スウィングしている」という確信は持てない以上、リズムはよくないのだろうし、スウィングもしていないのだろう。しかし、リズムやスウィング感を向上させるにはどうしたらよいのだ、という疑問を持っている方は大勢いらっしゃることでしょう。私自身もそうでしたし、今でもそういうところはなくなっていないとも思います。

スウィング感を向上させる方法とは

リズムやスウィング感を向上させるためには、トレーニングと経験に加え、スウィングについてしっかり聴き取って理解できることも必要です。

日々の練習メニューの改善

まず、リズムについての取り組みを、日々の練習メニューに効果的に落とし込む必要があります。「上手い人」とは「練習が上手い人」なのです。

では、何をどう練習したらよいのか。テンポ・キープなのか。テンポがキープできたらスウィングするのか。悩ましいですね。堂々巡りです。

もちろん、ある程度テンポ・キープできないとスウィングはしにくいでしょう。そのためには、楽器そのもののフィジカルなスキルを向上させる継続的な取り組みも必要でしょう。楽器の技術が拙いことでテンポが維持しきれないということがあるからです。

リズムやスウィングについて聴いて理解できること

いっぽうで、テンポ・キープが完璧でも、スウィングするということが身体や耳で理解(実感)できていなければ、決してスウィングすることはないでしょう。リズムやスウィングについて正しく認識し、理解することが必要なのです。

よりスウィングするために必要なことは、自分の持つスウィングのイメージと、優れたプレイヤーが実際に演奏するスウィング感とのギャップを少しずつ埋めていくことだと考えます。そのためには、リズムやスウィング感の良し悪しを「聴いて正確に判断できる聴解力」を磨くことが必要があるともいえるでしょう。ちょうど、Killer Joe のイントロを聴いて自分の演奏とのギャップに気づいたように。

具体的な取り組み

では、リズムやスウィング感を聴いて判断できる聴解力はどのように磨いたらよいのでしょうか。

第一に演奏を聴くことです。

練習を始める前に、数分でも良いのでレコードを聴く時間を取ることは、モチベーションを高め、また明確なイメージを持つためにとても重要です。スウィングとはこういうことなのだ、ジャズの演奏ってこんなにごきげんなのだ(あるいは緊張感があるのだ)、ということが具体的にイメージできます。そのようなイメージをできるだけ維持した状態で練習に取り組むことはとても効果のあることだと思います。

あるいは、自分の演奏を録音して聴いた後に、同じようなテンポの優れたレコードを聴いて聴き比べることです。自分で、「お、なかなかいいかも」と思ったとしても、いざ聴き比べてみると「全然違うな」と愕然することがあるでしょう。でも、地道に取り組んでいるうちに、そのギャップが少しずつ埋まってくればしめたものです。

次に、具体的な課題とそのための解決方法を練習に落とし込むことです。

スウィングしない理由は何でしょうか。どんなときに、リズムが乱れるのでしょうか。

ホーン奏者も、リズム・セクションのプレイヤーでも、シンコペーションが苦手な方は少なくないでしょう。例えば、Doxyの9〜10小節目のようなシンコペーションのときに、大きくテンポが乱れていませんか。あるいは、Dear Old Stockholmのように、イントロやヴァンプ、メロディ、最後のドミナント・ペダルのセクションの箇所の各セクションの行き来でリズムが乱れてしまうこともあるでしょう。

テンポを変えて練習したり、音源と一緒に演奏したり、メトロノームをいろいろな位置や間隔で鳴らしたりと、さまざまなバリエーションで丁寧な練習を心がけてはいかがでしょうか。

また、シンコペーションが難しいと感じる方は、一時的にタイを外してから戻すという方法が有効な場合があります。こうすることで、これまで曖昧で有耶無耶にしてきたリズムに対して、より自覚的かつ明確に向き合うことができるようになるでしょう。今までやってこなかった方は、騙されたと思って一度お試しください。

このように、スウィング感やリズムの改善には、苦手な曲をひとつずつ克服していくことが良いでしょう。1曲できたとしてもしばらくしたらもとに戻ってしまうこともあります。しかし、さまざまな曲を継続的に取り組んでいるうちに、相乗効果が生まれるものと思われます。

そして、何よりも大切なのは、練習の準備のときに音源をチェックしたり、あるいは練習中に音源と一緒に練習したりする過程で、これまで以上に耳を使う機会があるということです。つまりこのような練習に取り組むことがイヤー・トレーニングにもなるのです。

最後に

今回は、Killer Joe を例に、「リズムやスウィング感をしっかり捉えることのできる耳」を持つことの重要性と、それを磨く方法についていくつか提案しました。

皆さんの演奏のお役に立てたならばとても嬉しく思います。最後までお読みくださりありがとうございました。

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