上達のモチベーション

こんにちは。今回は、上達のモチベーションの維持について考えていることをお伝えしたいと思います。

私自身、楽器(コントラバス)を演奏する一人として、楽器の演奏力、表現力の向上をすべく日々取り組んでいます。同時に、レッスンもしているので、生徒の皆さんの上達や向上について思うところもあります。

楽器の演奏に限らず、スポーツ、語学、そしてさまざまな仕事上のスキルなど、あらゆることに対して、皆さんは「向上したい」という意思をお持ちかと思います。例えば、楽器やスポーツをする人に「もっと上手くなりたいですか」と訊ねると、ほぼ全員が「上手くなりたい」と答えるはずです。

ところが、実際に向上すること、特に向上し続けることはとても難しいのも事実です。レッスンしていても思いますし、私自身、どれだけ向上したか振り返るとなおさらそのような思いは強くなります。

誰でも「上手くなりたい」と思っていながら、必ずしも上達できないことには、努力が足りないとか忙しいとか、皆さんそのように思うのかも知れませんが、「切実さが足りない」という問題も大きいかと思います。つまり、モチベーションの問題です。

例えば、日頃は、それほど難しくない曲ばかり演奏していたのに、今度、特別難しい曲を演奏しなくてはいけなくなったとか、何かのめぐり合わせで、自分よりも明らかにスキルの高いメンバーとプレイしなくてはならなくなったとか、ニューヨークの有名クラブで演奏するようになったというような状況を想像してみましょう。

これはチャンスだと思いながらも、他方では「こりゃ、困ったことになったなあ」という気持ちもどこかにあることでしょう。ふだん、決して緊張感を欠くような演奏をしていたつもりがなくても、「ああ、これではいけない」と居住まいを正して、少し練習量が増えたり、あるいは練習の集中力がアップするということがあるのではないかと思います。

つまり、「困ったことになった」というところにヒントがありそうです。私も含めて、人間はどこか怠けものの側面も多少持ち合わせているはずです。だから、「上達したいな」と考えていても、特に困らなければ常に全力で取り組んではいないものです。

もっとも、常に全力で取り組んでいては体力も精神力も参ってしまうのも事実でしょう。しかし、まったく困っていないという状況も考えものです。過度な困窮はいけませんが、適度に困った状況をいかにコントロールするか、ということが上達の秘訣ではないかと考えています。

必ず私がレッスンで毎回課題を出すのも、「困った状況」を作り出してそれに取り組んでもらうための仕掛けです。ただし、精神的に参らないように、可能な限りゲーム性を取り入れるように工夫もしています。

「何から取り組んだらよいのかわからない」といわれるのは、指導者として失格だと考えています。したがって、適切な課題を適切な順序で提案することに加え、適切な方法で「困った状況」を作り出すことも指導者としての努めだと考えています。特に、若い世代では頭も身体も柔らかい上に吸収力がすぐれているので、時間や可能性を持て余してしまうことは絶対に避けなくてはいけません。しかし、同時に体力的に無理が利いてしまうので、身体的な故障がないような配慮も必要だと考えていますが。

では、どのように「困った状況」を作り出したらよいのでしょうか。

すでに書いたように適切な難易度、適切な量の課題を出すことは重要ですが、加えて、適切な模範を示すことも重要だと思います。これは、自分で示すこともあればレコードや動画を一緒に見るということもあります。つまり、自分の演奏をした直後に、とてもよい演奏を聴くと(あるいはその逆)、自分の粗さというものが突きつけられます。これは残酷ではありますが、模範演奏が素晴らしいと「あのように演奏できるようになりたい!」という気持ちが勝るのでそれほど傷つくことはありません。

また、これはあらためて書きたいことなのですが、「耳が肥えている」ということ、「耳を育てる」ということも同時に考えていく必要があります。これはレッスンをしているときも、自分が課題に取り組んでいるときもに常に意識していることです。

例えば、味音痴の料理人がだす食事を食べたいと思うでしょうか。すぐれた料理人ほど、すぐれた味覚を持っているかと思います。また、LとRの発音の違いを意識して聞き取ろうとしない人は、絶対にLとRを区別して発音することはできないという話もきいたことがあります。つまり、自分のスキルは、自分の感覚(五感)の制約を強く受けるということです。

したがって、外国語であれば、もちろん文法の理解や単語力ももちろん重要ですが、実際に会話をしようとするならば発音、イントネーション、リズムなど聴覚を磨くことが必要です。つまり、聴いたことがない言葉は話すことができないのです。

これは、ほかの分野にもいえることでしょう。音楽の上達のためには、よい音楽をたくさん聴いて耳を育てること、スポーツの上達のためには、よい試合をたくさん観戦して身体の動きや作戦を見抜く目を養うことが大切かと思います。

そのような、確かな目や耳を以て、自分のプレイを客観的に触れたときに、ちょっぴり絶望的な気持ちになることでしょう。「具体的にここを改善しなくては」という認識につながるはずです。これは、冒頭で述べたような「上手くなりたい?」という問いに対する「上手くなりたい」という漠然とした答えよりも、より明確な意識であるはずです。

必ずしも近々大舞台に立つ機会に恵まれるとは限りません。したがって、「困ったなあ」という状況を日頃からコンスタントに作り出すためには、よい模範を具体的にイメージすると同時に自分の演奏を客観視し、「困ったなあ」「上達したいなあ」という状況やモチベーションを維持することが重要だと思います。そのためには、同時に、模範をできるだけ正確に見抜く五感を養うことも大切です。

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