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Vol_23:バイキングの醍醐味

出張に行くとき、できる限り食事の店は決めない
ようにしている。予約しても急に仕事で行けなく
なることがあるし、その日によって食べたいもの
が変わるかもしれない。何より、目的もなくあち
こち散策し、気になった店にふらりと立ち寄るの
が好きだからだ。

食べログ3.5以上の名店や、誰もが知ってる人気店
も良いが、メイン通りから少し離れたところにあ
る、隠れた地元店も良い。人の良さそうな店主が
いて、地元の食材を使った料理があり、カウンタ
ーには常連客らしき人たちが酒を飲みながら笑っ
ている。

そんなお店を発見できた時は、出張の疲れもいっ
きに吹き飛ぶ。そこで暮らす人々の息遣いや、そ
の土地が持つ空気のようなものを感じられるのが
何よりも好きなのである。


こんな前置きをしながらアレだけど、
僕が一番好きなのはバイキングとか食べ放題と呼
ばれるものだ。子どもの頃、両親に連れて行って
もらった焼肉食べ放題やバイキングの楽しさが未
だに残っている。だから30歳を超えた今でも1番
好きな食べ物は?と訊かれれば、迷わずバイキン
グとなる。地元の店でも、隠れた名店でもない。

ただ最近は、当時(子どもの頃)のような気持ち
でバイキングに臨めなくなっている自分がいる。
好きなものを好きなだけ食べられるなんて夢のよ
うな話だが、歳を重ねるごとに食事の量が減り、
そもそもの貧乏性がチラチラと顔を出してきて、
「もしかしてコスパが悪いかも」と、できもしな
い原価計算をして、徐々に敬遠するようになって
いた。周りの人からも小食なんだからムダと言わ
れる始末だ。


それでも懲りずに先日もバイキングに行った。
店の中は多くの家族連れで賑わっていた。僕は店
の奥の席に案内された後、いつも通りトレイを手
に料理を物色しはじめた。

どれも美味しそうで全部の種類を食べたかったが
胃袋のキャパは決まっている。悩んだ末に数品を
選び席に戻った。食べようとしたとき隣のテーブ
ルから子供の「もっと食べていい?」という声が
聞こえてきた。

ふと見ると8歳くらいの男の子だった。向かいに
座っている母親に聞いている。男の子の前にある
お皿は、きれいに空になっていた。僕が席に案内
されたときは、パスタやピザ、ステーキなどが山
ほど盛られていたが、それをペロっと平らげたらしい。

母親が少し驚いた様子で「え、まだ食べるの?」
と言うと、男の子は「うん」と答えて席を立ち、
戻ってきたときには、プリンやケーキなどのスイ
ーツが山ほどトレイに乗っていた。
男の子は母親の心配をよそに、スイーツをぱくぱ
くと食べていく。男の子に母親が「美味しい?」
と聞くと、その子は満面の笑みで「楽しい」と答
えていた。


その言葉に久しく忘れていたことを思い出した。
食の楽しさだ。人は生きていくために物を食べ、
満足するために味を求めるが、そこに身体だけで
なく心も満たされる楽しさがあるのは、なんとも
豊かなことか。

僕は豊かさとは「選択肢があること」だと思って
いる。仕事も食も人間関係も、さまざまなものに
恵まれていないと自分で選ぶことはできない。
バイキングの本当の良さは、お得さや味ではなく、
選べる豊かさを感じられることなのかもしれない。
子どもの頃にバイキングが大好きで、ワクワクし
ていたあの感覚はそうだったんだと気づいた。


コロナ禍、不景気、物価上昇…
人間関係、嫌な上司、評価…
冷静に考えると残酷な世界に思えるかもしれない。
ただ希望はある。その希望とは何か?僕らの希望
は「それでも選べる」ということだろう。仕事も
人間関係も、住む場所も、会う人も選べるのだ。
バイキング会場でトレイを持ってワクワクしてい
た男の子のように、自分で選べるということを知
るだけで人生は豊かになる。それを握っているの
はいつも自分自身なんではないかと気づかされた。

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