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“ポリバレント”って何だろう?

Naoki Tashiro

森保監督は“複数のポジションをこなす”の文脈で使ってる。一方で、以前のオシム監督は“一つのポジションでの多様な動き”の文脈で使っていたよう。定義としては、定まっていないようだ。

では、

“ポリバレント”と“ユーティリティー”の違いは?

(私見ではあるが、)

“ポリバレント”とは、自分の術をどこまで伸ばせるか?の視点。

“ユーティリティー”とは、相手の要望にどこまで応えられるか?の視点。

な気がしている。

どちらが正しい?の答えはない。「自分の術を伸ばした結果として、相手の要望に応えられるようにもなる」し、「相手の要望に応えようとして、自分の術が伸ばすこともできる」し。。

ただ、ポリバレントは「自分発信」だと思う。一方で、ユーティリティーは「他人発信」だと思う。


「VUCAの時代」

(Variability(変動性)/Uncertainty(不確実性)/Complexity(複雑性)/Ambiguity(曖昧さ))

この時代には、“ユーティリティー”より、“ポリバレント”の方が、しっくりくる。

“世の中の流れ”や、“所属する組織の動き”や、“戦略戦術といった方法論”がVUCAしている時代に、やはり「他人発信」だとリスクが大きすぎないか?そんなVUCAな時代でも「自分発信」だと自分なりに納得もしやすいだろうし、少なくとも周りに共感してくれる人はいるはずである。


メルカリCIO、長谷川さんの事例

働き方として、共感多数。目指したいところ。

“プロフェッショナルCDO”としての「自分発信」を持ちながら、VUCAな時代に対応していく。将来の「デジタルトランスフォーメーション時代(=間違いなくVUCAな時代)」を見越していらっしゃる。

デジタルの世界ではまだまだ“VUCAな時代”になっているわけではなく、まだまだ“アナログ発想でのデジタル化対応時代”に過ぎない。つまり、アナログ時代のマネゴトを行っている(=ある程度の答えがある)状況。※これに関しては、長谷川さんは、「基礎部分がデジタル化していないのに、上辺だけをデジタル武装する典型的な間違ったアプローチ」としている。


「デジタイゼーション(Digitization)/デジタライゼーション(Digitalization)/デジタルトランスフォーメション(Digital transformation)」の違い

1,デジタイゼーション(Digitization)・・(例)フィルムカメラをデジタルカメラに切り替える。

2,デジタライゼーション(Digitalization)・・・(例)デジタルカメラ利用におけるオンライン上での写真データ送受信の仕組み

3,デジタルトランスフォーメション(Digital transformation)・・・(例)写真データを使った新たなビジネスやサービスが生まれ、オンラインを経由して今まで届かなかった大多数の人たちに写真データが届くようになる

※現在の“デジタル化”とは、正直、まだ2つめくらいの認識。=既存の枠組みの中で対応できる現状。


しかし、

3つ目の“デジタルトランスフォーメション”時代には、長谷川さんの役割&立場は、絶対に必要とされる事例となる。なぜなら、既存の枠組みだけでは完結しないので、既存の枠組みの外から見る&判断する必要があるので。


VUCAの時代、

ポリバレント発想で、“複数のポジションをこなす”でも、“一つのポジションでの多様な動き”でもどちらでも良い。

一方で、ポリバレント発想(=自分発信)か、ユーティリティー発想(=他人発信)を考えるのであれば、前者の方が良い。

そして、そのポリバレント発想(=自分発信)で、どういった働き方をし、どういった時代に向けて勝負するのか?


が整理できた気がする。

Naoki Tashiro