吉本の木原優一が出てくるラブコメ
第1話「テンコウセイ注意報!!」
俺の名前は木原優一。
どこにでもいる、ごく普通の高校二年生だ。
今日もいつも通り、普段と同じ通学路を学校に向かって歩いている。
天気は晴れ。朝日がまぶしいけど、それも普通。通常。平凡な日常。
と、突然――。
「やっば~い! 遅刻、遅刻~!」
いつも通りじゃない声が、俺の耳に飛び込んで来た。
女子の声? どこから?
「転校初日から遅刻なんて、ありえな~い!」
声はどうやら、俺の目の前に見える曲がり角、背の高い塀の向こう側から聞こえてきているようだった。
曲がり角まであと十数歩。このまま行くと、女子とぶつかる!? それも、遅刻しそうな転校生の女子と?
それは、全然いつも通りじゃない。平凡でもない。ちょっと古すぎる気もするけど、ギリギリ知ってる、ラブコメみたいな展開。
胸が高鳴る、と同時に俺の良心が止めに入る。
女子を待ち構えてわざとぶつかるなんて、そんなのよくない。
俺だって普通の男子高校生だし、女子に興味はある。
ワンチャン女子の体に触れちゃったりなんかできちゃったりしたら、それはもう、ドキドキして夜もベッドの中で思い出して悶々としてしまったりなんかしちゃったりしてしまうだろうけど……。
俺は邪念を振り払って足を止める。曲がり角まであと五歩はある。
ここで立ち止まって待っていれば、女子が急に曲がって走ってきたとしても、ぶつかる前に避けられるだろう。
俺はまだ、遅刻しそうな時間じゃないし、ちょっと立ち止まって様子を見るくらいの余裕はある。
「初日だから普段の時間より早く行かなきゃ行けなかったのにぃー! もぉ、ばかばかぁー!」
女子の声が瞬く間に近づいてくる。そして、すごいスピードで角を曲がって来たのは、食パンをくわえたダンプカー。
「!? ダンプ」
「きゃー!」
ダンプカーは俺にぶつかり、意識が暗転、フェードアウト。
俺はつまりそう、気を失った。
*
「木原、嘘下手すぎだろ~」
クラスメイトの小宮山が馬鹿にするみたな笑いを浮かべて言う。
「いや……、だよなぁ……。ありえないよなぁ……」
ホームルームの前、教室で昨日学校を休んだ理由を話していた俺は、力なくそう言った。
「えっ、木原マジで言ってたの今の」
「うん。だけど、やっぱりありえないよな?」
俺は昨日、登校中に倒れたらしく、目が覚めたら病院のベッドの上で寝ていたのだ。
倒れる前の記憶はと言えばさっきの通りで、リアリティのある記憶ではない。
「大丈夫かよ……。病院、行った方がいいんじゃねぇの?」
「うーん……」
その病院から異常はないって言われて、今日は休まず学校に来たんだけどな……。
なんて思ったところでキーンコーンカーンコーン、チャイムが鳴って、間もなく担任の先生がやって来た。
「ホームルーム始めるぞー」
先生がそう言い、俺たちはいつも通り起立、礼、着席する。
「実はなぁ、今日からこのクラスに転校生が来るんだ」
転校生!?
「なにそれ!」
「聞いてない!」
驚いたのは俺だけじゃない様子で、みんな口々に騒ぎ立てる。
「おい、お前らぁ! 静かにしろぉ! とは言えなぁ、お前らをビックリさせたくて俺が内緒にさせてたんだ」
先生は満足げな顔でそう言うと、転校生を呼んだ。
「さぁ、入っていいぞ」
すると、教室の前のしっかりと閉じられたドア、ではなくその反対側の壁が窓と一緒に粉砕されてダンプカーが入って来た。
「うわー!」
「なんだー!」
「ダンプカーだー!」
「静かにしろぉ。彼女が転校生の――」
先生は全く動じずに黒板を向いて、チョークでコツコツと名前を書く。
「西野七瀬だ」
「初めまして。西野七瀬 です。みんなからはよく、まだ卒業してない方のなーちゃんと呼ばれていますが、なーちゃんに卒業してない方も卒業してる方もありません。なーちゃんはあたし一人で十分。そう思いませんか? よろしくお願いします」
「お前らぁ、わかったかー。西野のことをなーちゃんと呼ぶ時はなぁ、“卒業してない方の”を付けないように気をつけるんだぞー。さもないとひき殺されるからなー」
「やだ先生、そのくらいじゃ済まさないですよぉ」
俺はダンプカーの名前が乃木坂46の元メンバーと同じであること以前に、目の前で起こっていることが意味不明すぎて頭が追いつかなかった。
何が……起こっているんだ……?
クラスメイトたちのざわめきもおさまらない。
「なんだ、転校生か」
「いきなりダンプカーが突っ込んでくるからびっくりした」
「テロかと思ったよ。よかった」
みんなも驚いて……、驚いて……、驚いてない?
「西野さん、よろしく!」
「てか、可愛くない?」
「ヤベー、美少女が転校してくるとかこのクラス始まったな」
みんな、受け入れてる……?
「いや、おかしいでしょ! ダンプカーだよ!? 可愛いって何? 美少女? いや、ダンプカーだよ!?」
俺はあまりのことに大声を上げて立ち上がった。
「どうした木原ぁ。そんな東京吉本総合芸能学院二十四期生の芸人みたいな声出して」
先生がそう言ったのも束の間――。
「あー! あんた、昨日曲がり角でぶつかって来た男子ぃー!」
ダンプカーから信じがたい声が聞こえた。
昨日……曲がり角で……ぶつかって来た……?
「なんだお前ら知り合いか?」
「聞いてくださいよ先生! あたし、昨日が転校初日だと勘違いして登校しかけてたって言ってたじゃないですかぁ?」
「ああ。そうだったな。でも、途中で事故って相手を病院に運んだ後、警察の事情聴取で日付を勘違いしてたことに気づいたんだっけか?」
「そうですそうですぅ! その時の事故の相手がこいつなんですぅー!」
「……」
衝撃で俺の開いた口が塞がらない。
ふと見れば、小宮山が「ごめん疑って」みたいな顔で、片手を前に立ててこちらを見ている。
いや、そうじゃないだろ小宮山! おかしいだろ! そのまま疑えよ! 目の前の現実を! 転校生がダンプカーだぞ?
「そうか。よし。そういうことなら西野。お前の席は木原の隣だ」
「えー、嫌ですよあんな奴ぅ!」
「そう言うな。もう知り合いなんだろ? ちょうど木原の隣の席は空いてるし、次の席替えまでは辛抱してくれ」
「えー、最悪ぅ」
そう言いつつ、ダンプカーは俺の方に向かって徐行して来た。
クラスメイトたちがダンプカーの通る道を空けるため、大幅に席をずらす。そしてそこを、ダンプカーが走ってくる。ゆっくりと、徐行で、ダンプカーが俺たちの教室を走行している。俺の席の隣に向かって。
「いや、おかしいでしょ! 俺の隣がダンプカー!? 俺の隣の席は駐車場じゃないんだけど!」
「じゃあ、木原ぁ。西野をよろしくなぁ。みんなも西野と仲良くするように」
そう言うと、先生は教室を出て行った。
「先生、待ってー!」
俺の叫びも虚しく、先生は教室を出て行き、ダンプカーが俺の席に横づけ駐車して来た。
「あんた、木原って言うのね。昨日のことはまあ、許してあげるわ」
「いや、許してあげるって俺、轢かれたんだけど!?」
「魅かれた……? やだ、いきなり告白とかありえない!」
「は? ……いや、違う違う違う! ひかれたって魅力に魅かれる方じゃなくて、車に轢かれる方! 撥ねられたの! ラン・オーバー!」
「うわ、ダサ……。ふられて告白をなかったことにするとかマジダサいんですけど……」
「いや、してないから! 告白してないから俺! そもそも昨日、俺のこと撥ねたでしょあなた!?」
「はぁ? マジ最低。あんた当たり屋だったの? どさくさに紛れてあたしのあんなとこ触っておいて、これ以上あたしに何する気!」
ダンプカーが大きな声で叫ぶ。
すると、周りに集まって来ていた女子たちの表情が変わる。
「木原君、西野さんに何したの?」
「大人しい男子だと思ってたのに、ムッツリだったの? サイテー」
「木原の原はセクハラのハラだったなんて……」
汚物を見るような女子たちの目が俺に集まる。
「いや、何もしてない! というか、ダンプカー! ダンプカーだよコレ!? ダンプカーにセクハラって何ぃー!」
「酷い! 西野さんのことなんだと思ってるの?」
「コレって、物扱い?」
「人権侵害だよ?」
女子たちは完全に、同級生の女子をかばうノリで俺に反論してくる。
「ダンプカーでしょ!? ダンプカーは物! ダンプカーに人権ない! そもそも転校して来ない!」
「……なによ。ダンプカーが転校してきたら駄目ってわけ?」
淡々と、しかし怒りと悲しみのこもったダンプカーの声がする。
「西野さん、泣いてる……」
「泣いてる!?」
見ればダンプカーは、ダンプカーだった。顔も目も涙もない、ダンプカーだった。
「木原君、いい加減にしなよ!」
「多様性って言葉知らないの?」
「ダンプカーだって、西野さんだって私たちと同じ高校生なんだよ!?」
「いや……」
女子たちに詰め寄られて、俺はなんだか自分が悪いことでもしているかのような気持ちになってきた。
でも……ダンプカー……。
「木原」
振り返ると、そこには小宮山が立っていた。いつもふざけてばかりの小宮山の顔は、珍しく真面目そのもので、俺のことを真っ直ぐに見つめていた。
「今のは流石にお前が悪いと思うぜ」
「……小宮山」
俺はもう、なにがなんだかわからなかった。
だって、ダンプカー……。ダンプカー……? ダンプカーって、なんだ……?
「っ!」
俺は走って教室を飛び出した。
「おい、木原!」
廊下に響く小宮山の声と俺の足音は、一時間目の予鈴のチャイムにかき消された。
ダンプカーって、なんだっけ?