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第10話「深淵なる龍の呼び声」

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「……」
 
 重たい沈黙とよどみない時間ばかりがいたずらに流れていく。
 
 俺と美月は再び地上に出て、コンクリートジャングルに腰を落ち着けていた。
 鬱蒼と立ち並ぶビルディングに囲まれて、ワームに襲われないギリギリの距離にいることで、透明な追手をけん制しているというわけだ。
 しかし、百パーセント安全とは言い切れない上、周囲には無数のワームがいるのだと思うと全く気が休まらない。
 
 しかも、すぐ傍らでは美月がずっと泣いている。泣いている女の相手の仕方は、俺にはわからない。
 
「……西畑さん。私、ホルデレクの方たちの集落に戻りたいです」
 
「は? お前、何を言っているんだ? そんなことをしたら、俺たちまで殺されるかもしれないだろ」
 
「わかってます。だから、今すぐにとは言いません。でも、できるだけ早く、準備をして、あの集落に戻りたいんです」
 
「……」
 まあ、透明化して襲ってくる敵がいるのなら、その対策は必須だろう。
 
「美月。アイツらはなんなんだ?」
 
「ドゥエルガル、だと思います。グレー・ドワーフとも言うらしくて、ドワーフではあるらしいんですけど、そのほとんどが悪い方たちらしくて。人間とかハーフリングみたいな力の弱い種族をさらって売ったり、盗賊みたいなことをして暮らしてるんだそうです」
 
「そんな奴らが、なんであの集落を襲っていたんだ?」
 
「わかりません。あの集落はとっても大きいですし、強い方たちが多いから、集落にいれば安全だって……。ドゥエルガルも、わざわざ危険をおかしてあの集落を襲ったりなんてしないって……」
 
「何か対策はないのか? 特に、あの透明化の対策は」
 
「わかりません。集落にいれば安全だとしか……。あまり一人で出歩くなとは言われてましたけど、そもそもドワーフを襲うこと自体あまりないって……。それに、彼らは透明化だけじゃなくて、巨大化の魔法も」
 
「巨大化!?」
 
「はい。ドワーフらしく力が強くて頑丈なだけじゃなくて、物陰に隠れて獲物を狙う技術にけていて、透明化の魔法と巨大化の魔法が得意らしいんです」
 
「そんな奴ら、どうしたら……」
 
「……あの。西畑さん。その、もしよかったら、西畑さんのスキルを教えて貰えませんか」
 
「は?」
 
「あっ、いやっ、その……。西畑さんのスキルがわかれば、これからの参考になるかもな、と思って……。嫌だったら全然かまいません。もしよかったら、教えて頂きたいな、ってだけですから……」
 
「……カオス・ダーク・ディープ・ドラゴンに変身するチートスキルだ。ただし、カオス・ダーク・ディープ・ドラゴンはその名の通り、強大な力を持った強力なドラゴンだ。それ故に、今はまだその力を制御できない。しばらくは、俺は戦闘には参加できないと思ってくれ」
 
「……そう、ですか。じゃあ、私が頑張るしかないですね」
 
 こいつ、遠回しに俺を責めているのか?
 仕方がないだろ。責めるならこんな外れスキルを与えやがった高次存在を責めろよ。
 
「それより、この後どうするんだ? 落ち着ける場所もなくなってしまったが、食事や睡眠を取らないわけにはいかないだろ? 何か当てはあるのか?」
 
「……ごめんなさい。当てはないです」
 
「ちっ!」
 俺は舌打ちをする。どうすりゃいんだ!
 
「地下の人口河川に魚がいるので、それをれれば、食料はなんとかなると思います。ただ、調味料も火をつける物も何もないので、美味しいかどうかはちょっと……。寝る場所は、ここで、交代で見張りをしながら寝るしかないかなと……」
 
「そうか」
 どうしようもない。贅沢は言ってられない、か……。
 くそっ。なんでこんなことに。
 
「西畑さんは、ここで休んでいてください。私、魚を獲って来ます」
 
 俺を置いていくのか? と思ったが、姿の見えない相手がいつどこから襲って来るかわからないと考えたら、俺はここにいた方が安全だろう。仕方がない。
 
「ああ。頼んだ」
 
「はい。何かあったら、大きな声で助けを呼んでくださいね」
 
「……ああ」
 そんな原始的な方法でどうにかなるとでも思っているのか? つくづく馬鹿な奴だ。
 
「それじゃあ、行ってきます」
 
 そう言うと、美月は立ち上がって、地下への入り口がある方へ歩き出した。
 
「……」
 くそっ! どうしたらいいんだ……。
 
     *
 
 どれほどじっとしていただろうか。天才的な脳細胞を休ませていた俺は、急に小便がしたくなった。
 
「……くそっ」
 
 このままというわけにもいかない。
 俺は立ち上がると、その場を少し離れたところで適当に立ちションをした。
 
 この辺りには茂みも何もない。だだっ広いアスファルトの上に、あるものと言えばビルディングくらいだが、中にはワームが巣食っていて近寄れない。
 小はまだなんとかなるが、大の方はどうしたらいい? 美月はどうするつもりなのだろうか?
 
 くそっ。問題ばかりだ。なんで俺がこんな目にわなくちゃならないんだ。高次元存在の野郎……。
 
「わっ!?」
 
 突然、俺は背後から何者かに押し倒され、アスファルトの上に押さえつけられた。気づけば腕は後ろに回され、足の上にも何かが乗っている。動けない!
 
「暴れるな。大人しくしていれば殺しはしない」
 
 男のものだろう、乱暴な声がする。
 
「……誰だ」
 
銀鬚シルバー・ベアードの一味、と言っても余所者のあんたにはわからんか。ホルデレクを根絶やしにした一団、と言えばわかるか?」
 
「!? ……何が目的だ」
 
「ハッ。無力な割には肝が据わってるようだな。まあ、いい。お前をさらいに来た。顔は上等だが、戦う力はないんだろ? 売り物にちょうどいい。お前は大事な商品だ。大人しくしていれば丁寧に扱うよ」
 
「……」
 なんでこう、どいつもこいつも高圧的なんだ!
 俺は腹が立って仕方がなかったが、ひとまず危険はなさそうなので、奴の言動には目をつむってやることにする。
 仕方がない。利害の一致だ。今は抵抗せずに、大人しくしておいてやろう。
 
「フッ、いい心掛けだ」
 
 男はそう言うと、俺を紐で拘束し始めた。
 俺は地面に伏せったまま、顔を少し上げて周囲の様子をうかがう。周囲にはいつの間にか、皮の鎧に身を包んだドワーフたちが何人も姿を現していた。どいつもこいつも白いヒゲを汚らしく伸ばして、野蛮な風貌をしている。
 
「お前は完全に囲まれている。馬鹿なことは考えるなよ?」
 
「……」
 くそっ! 美月、まだ帰って来ないのか? くそっ、美月! 何をしてるんだ! 美月。美月ぃ! 早く帰って来い! 美月ぃー!
 
 俺は体を拘束されながら、心の中で美月を呼んだ。


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